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欲しいものは、欲しいでしょ。
「どういう、コトっすか、柚陽 」
空斗 は柚陽の子供だった。それは分かった。咄嗟に突き飛ばしてしまった時、柚陽があまりに空斗に似て見えたから。だから反射的に突き飛ばしてたんだ。薄々予感はしてたし、だからこそ、それなりの覚悟を持って、「陸」と呼んでもらった。
だけど柚陽がそんなコトをするのには、理由があると思ったんだ。だって柚陽はやさしいから。たとえば、こっそり育てていたのを親に見付かったとか。相手の女に今になって無理矢理押し付けられたけど、柚陽は柚陽で困惑してしまったとか。
そんな、理由が。
でも、なんで柚陽は笑ってるのだ。「もっとぐちゃぐちゃになるまで」って、なんなのだ。
きっと考えれば分かる事なのかもしれない。それも、簡単に。
だから波流希 も港 も、わざわざ訊ねはしない。港が腕の中、大切そうに抱える海里 の顔は、見えなかった。
そんな簡単な事さえ、陸斗は分からない。あるいは、分かりたくないだけなのかもしれない。
もう、柚陽が笑う理由も、空斗が突然陸斗達の家にやってきた理由も、陸斗は分かっているのかもしれない。それでも陸斗は、目の前の答えを無視した。
どんなに真実が分かりきっていたって、柚陽本人が「オレも大変で、つい、海里くんを頼っちゃったの」とでも言えば。「海里くんに、さっき脅されてたの。オレの子だって言えって」とでも言えば。陸斗にとってはそれが真実だから。それが真実で良いから。
心のどこかで、陸斗は、全部答えを分かった上で、でも、そんな言葉を求めて、柚陽に聞いていたのかもしれない。
けれど、そんな些細な期待は、他でもない、柚陽本人が、無邪気な笑顔を浮かべたまま、簡単に打ち砕いた。
「りっくんって、ちょっと鈍感だよねー。あの子供は、オレの子供。前に遊んだ女に、押し付けられちゃった。だからオレ、思ったんだよね。ああ、コレ、利用するしかないかなぁ、って」
えへへー。そんな風に子供っぽく笑って、柚陽は陸斗の期待を、砕いた上で、踏みつける。
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