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 柚陽(ゆずひ)は、その時の事を思い出してるのか、「とろけちゃうくらい」と言いながら、本当に目がとろんとしてる。熱を宿してうっとりした眼差しは、この場に酷く不似合いで、いつ(みなと)波流希(はるき)が「ふざけてるのか」と怒り出しても不思議はないだろう。  でも、陸斗(りくと)に火をつけるには十分すぎた。ただ、ちょっとだけ怒ってもいる、けど。それは、もちろん、騙されていた事についてではない。 「柚陽。そう言ってもらえるのは光栄だし、柚陽のナカは最高だったっすけど、そんなえっちな顔、こんなトコで見せちゃダメっすよ。ゴミクズに心酔してるコイツ等ならともかく、ここにはド淫乱のゴミクズ以下がいるんすから。それに、そーいう顔はオレが独り占めしたいんす。ね? オレだけの前でとろとろの、どろどろになって?」  するっと、柚陽の髪を指に絡ませつつ、耳を撫でれば、柚陽の体はぴくっと跳ねた。陸斗の言葉を聞いていないのか、あえて嫉妬心を煽ってるのか、「やんっ、りっくん、てばぁ」なんてあげられた声は、いつも以上に無駄に色気を出している。わざとらしいほどだけど、やっぱり柚陽の口から発せられたとなると、下半身に熱は集まってしまうもので。 「もう。煽るのが上手っすね? オレ、ちょっと怒ってるんすよ。そんな、とろけてる時と同じ様な顔、こんな大勢の前で見せて」  そう。陸斗の怒りはそこだけだった。  一応は騙されていたはずなのに、それも自分を手に入れるためだとなれば、他ならぬ柚陽から言ってもらえたのだとしたら、幸せ以外の何を感じろというのだろう。  柚陽の頬は赤く染まって、「もう!」なんて呟いて、陸斗の胸元に顔を埋めた。そんな仕草が可愛い。  柚陽の、空斗(そらと)によく似た笑顔を見た時に感じた不快感も、理由を聞いてしまえば、もう、陸斗の中にはない。 「じゃあ、一緒に帰ろう? オレのこと、いっぱぁい、どろどろにしてね?」  海里(かいり)の前で告げられた言葉にも、もちろん、肯定以外の返事なんて持ち合わせていなかった。

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