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 陸斗(りくと)の脳内に一瞬浮かんだのは、「あの日」。柚陽(ゆずひ)と本当の意味で幸せになれた日。つまりは、ようやく復讐を果たせた、あの時。  陸斗はあの日、電話で心当たりを呼び出してから何があったのかを、正確には知らない。だけど、あの時、陸斗が自習室を出た時までは少なくとも。  荒れた自習室。散らばった机や椅子。  その内の1つに挟まれていた、海里(かいり)の足。  あの時机に挟まれていた海里の足は、包帯をしてる方だった。  心配も後悔もしていない。しかし、海里の包帯から目を逸らす事も出来なかった。 「あ、ああ。足な、ちょっと捻っちまって。……ほら、帰ろう? 空斗(そらと)」 「そっすか。案外ドジなんすね」  見え透いた、嘘だった。案外本当かもしれねーっすけど。平気で人を騙す淫乱の考えてる事は、やっぱり分からない。  恨みも憎みもしてないけど、海里が陸斗を騙した事実は変わらないんだから。  だからこそ、空斗が口にした事が気になった。ガキが口にした意味の無い発言っすよ、なんて、自分の中で受け流す事ができなくて。 「海ちゃん、せっかく陸がいるのに……」 「……ちょっとそのガキ連れ帰んの、待ってくんねぇっすか?」  偶然にも声が重なったのは、陸斗にとって不愉快で、思わず顔が歪む。  海里は驚いて、一瞬だけ、寂しそうに微笑んだ。  それだけで、何も言わなかった。

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