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 海里(かいり)の目が、揺れている。今にも涙をこぼしそうに。悲痛に。まるで痛みを堪えるみたいに。  そんな海里に、ふと、陸斗(りくと)の脳裏に可能性が1つ、過ぎる。嘘だと決め付けた話。波流希(はるき)から聞かされた、あの、話。  もしも。もしも万が一、波流希が言うように海里が、自分のおかれた環境を嫌がっていたのなら。  世間とはズレた家庭で育って、それでも知識と見よう見まねで、「普通」を振る舞おうとしていたなら。空斗(そらと)に、偽物でも「普通」の家庭を、って考えていたなら。  空斗が、言ってしまえば無邪気に、「自分は親の色欲のために使われてる」なんて語るのは、聞きたくない、だろう。  反論の言葉は、飲み込むしかなかった。  陸斗と海里が黙り込んでしまったことを不思議に思ったのか、こてん、空斗の首が倒される。「海ちゃん、オレ、話さない方が良い?」そんな風に、海里に聞いた。 「……無理はしなくて良いよ、空斗」 「無理じゃないよ。オレも陸に聞きたかった。それで、それで良いのって」  きらきら、まっすぐに空斗は海里を見つめてる。海里に懐いているのは知ってるけど、子供のそういうのとは、なんか、違う気がした。  海里の目は潤んだまま、「そっか」やさしく呟いて微笑むと、空斗の頭をそっと撫でた。

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