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柚陽

 柚陽(ゆずひ)の声が聞こえるなり、空斗(そらと)は小さく悲鳴をあげると、海里(かいり)の後ろに隠れようとして、でも、止めた。  よっぽど柚陽の事が嫌いらしい。がたがた、ぶるぶる、震えてる。空斗くらいの子供と付き合いが一切無い陸斗(りくと)ではあるけど、こんなに怯えているなら、早々に安心できる保護者の後ろは隠れてしまいそうなものだというのに。と言うか父親の柚陽に怯えて、一応、赤の他人のコイツには懐いてるって、どんなもんなんすかね。  柚陽は子供が嫌いで、空斗を引き戻したい意思もないと言ってたけど、子供の方は子供の方で柚陽を嫌ってるみたいだ。それでも、よくにた大きな目に、涙をいっぱい溜めて睨んでる。 「大丈夫だった、りっくん!? 電話に出ないから心配したんだよ」  言われて初めて、さっきの電話が柚陽からだったんだと気が付いた。空斗の話をと優先するあまりに、忘れていた。  恋人失格だな、なんて思いながら頬を掻きつつ「ごめん!」まずは謝る。いくら気付かなかったとはいえ、柚陽を不安にさせてしまったのは陸斗なんだから。  手を合わせて謝れば、柚陽はすぐに笑顔を浮かべた。ふわっと花が咲いたような、明るい笑顔に、ドキッとする。 「オレは大丈夫っすよ。ちょっと電話の音が聞こえてなかったんす」  ドキドキしながら、言い訳を1つ。まさか本当のことなんて言えない。  ド天然で素直な柚陽は、いつものように言葉通り「話に夢中だった」と受け止めてくれる可能性が高いけど、怒られたくない、嫌われたくないといった感情じゃなくて、ただただ、何故か本当のことが言えなかった。まあ、オレにとって一応元恋人、柚陽にとって元恋人との子供。そんな状態で、「話に夢中だった」っていうのは、ちょっとおかしいしね。 「そっか。……この子供がうるさく騒ぐから、とかじゃなかった?」  イケメンの真顔は恐ろしいと、誰かが言った。  ならば言うべきだろう。可愛い顔立ちの人間が、可愛い顔をしてトゲのある言葉を発する瞬間も、怖い、と。今の柚陽がまさにそれで、空斗に至っては、かわいそうなくらいに震えている。  それでも海里の背中に隠れず前に立っているのは、執念か何かだろうか。

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