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海里(かいり)くんは相変わらず、やさしいよね。でも、ソイツにまでやさしくしなくても良いと思うんだけどなぁ」  可愛らしい表情のまま、いつものように、こてん、首を傾げて柚陽(ゆずひ)は言う。まるで「ソイツを可愛がる理由が分からない」とでも言いたそうに。  そんな柚陽に、海里が少し顔をしかめるのは、仕方がないのかもしれない。海里は空斗(そらと)を可愛がっているし。 「オレにとっては、空斗は可愛いんだよ。オレにできることなんて、そんなにないけど、守りたいし」 「海里くん、ほんと、その辺変わってるよね。それだけトラウマは根深いの?」  柚陽が指摘した通り。陸斗(りくと)は嘘だと判断してしまったけれど。  海里は自分の生活環境が生活環境だっただけに、慎重になっている。「一般的な家庭」を知ってほしい、世間的に歪んだ物を当たり前としないでほしい。  ……柚陽の言動は、海里が避ける「歪んだ家庭」に近い。海里が育ってきたような「歪み」と違っていても、海里が嫌がる理由にはなるだろう。  柚陽の言葉に、海里の目が一瞬だけ揺れたのは、陸斗でさえ分かった。  だから、軽く肩をすくめて「さあな」と呟いたのが、やせ我慢だっていうのは簡単に察せてしまう。柚陽も同じだったようで、無邪気な笑顔を浮かべながら、海里との距離を詰めていた。 「無理、しなくて良いんだよ?」  さっきまで空斗に向けていた悪意や、今自分がトラウマを踏み抜いた事なんて、なかったように。それは、陸斗の見間違いで聞き違いだったかのように。  柚陽は無邪気に笑う。どこか、慈悲深くさえある微笑みで、自分より少し上の位置にある海里の頭を撫でようとして、 「海ちゃんに、さわるなぁ……っ!!!」  ほとんど、泣いてた。  声は子供特有の舌足らずさに加えて震えていて、上ずっていて。  でも、自分の手にきゅっと力を込めて、空斗が叫んだ。叫んで、キッと、涙いっぱいの目であんなにも怖がっていた柚陽を、ただただ真っ直ぐに、睨んで、きっぱりと。

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