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 咄嗟に名前を呼んでしまったけど、何か言葉までは用意していなかった。情けないけど、こてん、首を倒してじっと見つめる柚陽(ゆずひ)に何も返せず、陸斗(りくと)はただ、柚陽を見つめ返すばかり。  なんか気の利いた事言わないと、柚陽があの言葉の先を言っちまうかもしれねーのに。言葉を探しては見付からず。そんな繰り返しの中で生まれた焦燥に気付いて、陸斗の思考は一瞬で真っ白になった。  なんでオレは、こんなにも、柚陽の言葉が聞きたくないんすか?大好きな柚陽の言葉を聞きたくない、言わせてはいけないと思ったことなど、陸斗にはない。  ましてや、空斗(そらと)のために、なんて。 「りっくん?」  柚陽が心配そうに名前を呼ぶ。なにか言わないと、何か。  他人に気遣うことをしない陸斗には、こんな場面初めてで。戸惑いと、不慣れだって事は、どうしたって行動を鈍らせる。考えようとしても、考えは出てこなくなる。  本人にどんな意図があったかなんて、陸斗には分からない。  でもまるで、助け舟でも差し出すように、 「悪い、柚陽。もう帰って良いか? 捻挫してから、はるにぃたちの過保護に拍車がかかってるんだ」  凛と、でもやさしくやわらかく、海里(かいり)は問い掛けた。  手は、「心配ないからな」と伝えるように、やさしく、しっかりと空斗の手を握ってる。

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