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「そんな怪我をしちゃったら、(みなと)くんも先輩も心配するもんね。オレ、送ろうか?」  こてん。柚陽(ゆずひ)が可愛らしく首を倒すのを見て、陸斗(りくと)の胸の中がざわついた。  海里(かいり)にそんな可愛い顔を向けた嫉妬?でも、不思議に思った時、こてんと首を傾げるのは、柚陽の、ずっと前からのクセだ。少なくともまだ友人関係だった時からそうだった。  海里も、他の友人たちも散々見てる。今更、嫉妬なんて。  それなら、この怪我がオレのせいかもしれないっていうのが、バレるのを怖がってる?  いやでも、バレっこないし、オレがやったって確証だってねぇじゃないっすか。振り払おうとしても、机に挟まれた海里の足は今になって陸斗の眼前に、まざまざと、蘇る。  その鮮やかさと言ったら、あの日、目の前で潰れる海里の足を見た時以上かも。  血の気が引いていくのを自覚するけど、この胸のざわざわは、それだけじゃない気がする。  これ以上柚陽と海里が話しているのを聞きたくなくて、陸斗は咄嗟に、柚陽の手を掴んでいた。柚陽の、あったかい体温が、陸斗のざわめきを少しだけ治めてくれた。  柚陽は一瞬きょとんと陸斗を見つめて、でも、すぐに笑顔になった。可愛い。健康的な色白に、朱色がさす。うん、可愛い。  オレの知ってる可愛い柚陽っす。あの、ワケの分からないざわめきなんて、気のせいなんすわ。 「りっくん? どうしたの?」 「……ちょっと妬いたっす。余裕無くて情けないっすけど」 「えへへー。りっくんに嫉妬してもらえるなんて嬉しいなー! でもでも、オレが大好きなのはりっくんだからね!」  無邪気な笑顔と、弾んだ声。いつも通りの柚陽に陸斗も笑いかけて、そっと指を絡ませた。  当たり前かもしれないけど、視線を感じる。そりゃあ、海里と空斗(そらと)の前っすからねぇ。そう言えば、少し手が触れただけで決まって言われてた、「空斗の前だろ」ってお小言がなかった。  なんでだろ。視線も、お小言も無かったのが気になって、ちらっと海里の方を見れば、海里は空斗と手を繋いだまま。  呆れるでも、泣きそうにするでもなくて。  ただただ、微笑んでいた。

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