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「最近帰りが遅いから、どうしたのかなって。ごめんね、理由が分からないとちょっと心配になるんすよ」
「わ! りっくんが心配してくれた!! 嬉しい!」
「嬉しい、っすか? うっとうしいとか、思わない?」
「オレは、りっくんが気に掛けてくれるなら嬉しいよ」
柚陽 は笑顔でそう言ってくれて、陸斗 も少しほっとする。束縛がひどいと言われてしまってもおかしくないし、「オレのこと疑ってるの?」なんて聞かれてもおかしくなかった。
正直、怒られるならまだしも、「オレのこと信じられない?」なんて大きな目いっぱいに涙を浮かべられでもしたら、ちっぽけな良心もズキズキと痛む。柚陽を泣かせたくない。
それと同時に、ちょっと頬が赤くなったのを自覚した。恋人から「気に掛けてくれて嬉しい」なんて言ってもらえれば、そりゃあこっちだって嬉しくなる。
モヤモヤは晴れてきて、寂しさも和らいだ。まあ、寂しさについては柚陽が帰ってきてくれればすぐなくなるんだけど。
でも、モヤが晴れたのは一瞬で、
「ちょっと海里 くんと会ってるんだ」
柚陽の言葉で晴れたモヤが、柚陽の言葉で戻ってきた。
なんで?なんでアイツと。
今や海里に感じているものは何もない。騙されたのは腹立たしいけど、その恨みはもう、全部晴らした。もちろん、騙されていた間は持っていた「好き」の気持ちなんて、とうに消えてる。
だから以前のように、その名前自体が陸斗の心を乱す事はないものの、柚陽の口から自分以外の名前が、それも海里の名前が出てくれば気になる。嫌でもあの日、久し振りに海里と会った日を思い出してしまう。
柚陽に怯えきっていた空斗 。それでも海里を守ろうというように、海里の手を伸ばすべく柚陽が手を伸ばした時、阻もうとしていた空斗。なにか言いたげだった空斗。ああ、もう。海里とは2度と会うこともないだろうから、忘れようって決めたんすけど。
柚陽は、「言外の意」っていうものが読めないド天然だけど、まったくの鈍感、人の気持ちなんて全然わかりません、ってタイプでもない。目に見えて落ち込んでいる人間がいた場合、無神経に話を続けられる方ではないのだ。
そして、海里の名前を聞いた陸斗の動揺は、柚陽が十分悟れるものだったのだろう。もしかしたらさすがの柚陽も、自分が陸斗の前でその名前を出す意味については分かっていたのかもしれない。
「海里くんとアイツのことでお話があって」
陸斗が聞くより先に、柚陽が答えを口にした。
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