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 アイツ。  基本誰にでもやさしくて、誰かを嫌ったりしない柚陽(ゆずひ)が唯一そこまで嫌う相手、それが空斗(そらと)だ。  陸斗(りくと)海里(かいり)を引き離すために使ったという、柚陽の子供。柚陽の方にも、今柚陽の恋人である陸斗の方にも引き取る意思がないからか、「放っておけない」とでも思っているのか。理由は定かじゃないが、今も海里が面倒を見ているらしい子供の話をするなら、海里に会うのも不思議じゃない。  今までなら陸斗も「ふーん、そうなんすか」とか「やっぱ子供って面倒っすねぇ」だけで、もうこの話を終わらせていただろう。  柚陽を悩ませて、自分達の時間を奪う空斗に、怒りさえ感じていたかもしれない。  でも、わざわざ大学まで、察するに陸斗を探してやって来た空斗を思うと、そんな素っ気ない言葉で終わらせることも出来なかった。たかがガキに振り回されすぎっすね。そう思っても、ガキの言う事だって片付ける事が出来ないのは、なんでだろう。 「それで、あのガキ、どーするんすか?」 「アイツの母親とはもう連絡がつかないし、オレも引き取りたくなんてないから、施設に入れようかなぁとも思ってたの。でも、海里くんにすっごくなついてるじゃん? もしかしたら海里くんが引き取ってくれないかなぁ、なんて思って、そのお話合いをしてるんだ」 「そっすか」  空斗も、そっちの方が良いかもしれない。海里は大変になるかもしれないけど、海里には海里にベタあまで過保護な幼馴染とご友人がいるんだし。なんだかんだと海里が決めた事を無下にはしないだろう。多分。この前大学に来た時の様子を見るに、懐いていたみたいだし。 「一応友達同士のやり取りだし、正式にオレがあの子の親ですなんて名乗りたくもないから、そんなに時間を掛けずになんとかできるとは思うんだけどね。そのお話合いでちょっと帰りが遅くなっちゃった。ごめんね」 「謝らなくて良いっすよ。柚陽だって頑張ってるんだから」  言いながら、ふわふわの髪を撫でる。柚陽が微笑む。ぱあっ。そんな効果音が聞こえてきそうな、花が咲いた様な笑顔。  いつもは、その可愛い微笑みに、すぐ気分も明るくなるのに。なんなら、そーいうオトシゴロ。熱が下に集まって、っていう事も少なくないのに。  今の陸斗は、何故かそうした気分にはなれなくて。可愛いとは思うけれど、気分もどこかにモヤをかけたままになっていた。

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