171 / 538

 柚陽(ゆずひ)が帰ってきた時間は、普段とそう大差がない時間。大学に行きました、と言われれば信じてしまうだろう。そもそも疑う理由なんてなかったし、友人からの言葉がなければ、今日だって当たり前のように大学へ行ったと思っていた。  だけど、あのあと友人から送られてきたメッセージが言うには、柚陽は結局、1時間たりとも授業に顔を出さなかったらしい。 「そうそう、今日の授業ではオレが大好きな話題になって」  だけど柚陽は相変わらず、今日大学で起きた事を楽しそうに、時には疲れたようにしながらも話している。陸斗(りくと)に本当の事を話す気がない、というように。  あるいは、柚陽の話が、本当に真実であるように。  そこまで考えて、思い至る。もしかしたら友人の方が嘘をついてるんじゃないだろうか。理由なんて分からないけど、柚陽と陸斗を引き離そうとして、っていうのは考えられない話じゃない。  空斗(そらと)がやってきたことが、柚陽の差し金だったり。海里(かいり)に……今は以前のように「騙されてた」と自信を持って言い切れないけれど、海里のように。  でも、陸斗が何も知らなかったと分かった時の気まずそうな顔は、演技とは思い難い。あんま他人の事信じる方じゃねぇっすけど、最初に声掛けてきた時も騙そうとしてる感じじゃなかったっす。  特別で大切な柚陽以上に信じられるかと言われれば答えに迷うが、もし疑心暗鬼を植え付けるのか目的なら「イチャイチャも大概にしろ」なんて切り出し方もしないように思う。シンプルに、「柚陽、最近授業出てないけど知ってるか?」で良いだろうし。 「良かったっすね、柚陽」 「うん!」  話が終わった頃、微笑んで柚陽のふわふわの髪を撫でれば、満面の笑顔が浮かんだ。腹の探り合いなんて出来ないような、無邪気な笑顔。  とてもじゃないけど「嘘っすか?」なんて聞けない。自分の行動でこの笑顔を消したくもない。……本当はこれも、間違ってるかもしんねぇけど。  ごめんね。謝罪は胸の中で呟いて、今度の休み、柚陽をつける事を陸斗は決意した。

ともだちにシェアしよう!