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ごくり。陸斗 は知らず溜まっていた唾を飲み込む。
誰が住んでいるかも分からない、表札も反応もない部屋。でも間違いなく、柚陽 が出入りしている部屋。それも陸斗に嘘までついて。
ここを開ければ、なにかが分かるかもしれない。でもこんな犯罪まがいの方法で知ってしまって良いのだろうか。“まがい”というか、そのまま素直に“犯罪”か。不法侵入っていうんだろう、こういうの。
ノブに手を掛けたまま固まる姿は、さぞ怪しかったと思う。けれど今の陸斗に周囲を気にしている余裕なんてなかった。
それが却って、陸斗もここの住人で、同居人を怒らせて家に帰るのをためらっているかの様に見せていたのかもしれない。幸い、誰かに怪訝そうに声を掛けられる事はなかったし、管理人が飛んでくる事もなかった。
悩んでいた時間はおそらく、せいぜい1分程度。でも陸斗の体感時間としては何時間、何日も突っ立っていたように思える。
それでも深呼吸を1つして、おそるおそるドアを開けた。あっさり開く。不用心にも鍵を閉めるのを忘れたのか、それとも反応がなかっただけで住人は室内にいるのか。
「上がらせてもらうっすよー」
一応控えめにあいさつを口にして、玄関で靴を脱ぐ。静かだ。静かだけど、人の気配は確かにする。本当にわずかだけど、住人はいる。寝ているんだろうか。
1度行動に出てしまえば、ためらいは段々なくなってくようで、1つ目の扉は玄関を開くよりスムーズに開けたし、2つ目を開く頃には、もはや自宅のような気易さになっていた。それでもリビングに続く手前の扉に手を掛けた時、認識していられないほどの一瞬、陸斗の中で第六感と呼ばれるものが働いた。
何かが、分かる気がする。
でも、その一瞬を陸斗が捕らえたのは、扉に手をかけて薄く開けた頃。
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