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げほっ、ごほっ。扉を開けるなり、陸斗 は思わず咳き込んだ。埃っぽいというワケではない。けれど、そこの空気を拒絶するように、吸い込みたくないというように、咳が出る。空気が重苦しいし、ニオイもひどいのだと、少し咳が落ち着いた頃に悟った。
ひどい部屋だ。マンションの中で日当たりの悪い部屋ってワケでもないのに、この1部屋だけは昼間でも薄暗い。さすがに真っ暗ってほどではなくて、部屋の輪郭はなんとなく分かる。たとえば窓の遮光カーテンとか。性能はイマイチみたいだから、中途半端な明るさは、多分そのせい。
ニオイは吐きそうなほど無理という感じではないものの、いろんなニオイが混ざり合って、不快感を抱かせる。でも時折感じられる個々のニオイは、どれも、ソレだけなら陸斗が嗅いだことのあるものだ。
たとえば食事時とか。
陸斗は注意深く部屋を見回す。あまり家具らしい家具はないような気がした。タンスもないし、ベッドもない。
なら物が乱雑に置かれている物置なのかと言われれば、誰がどう見ても答えは「否」。乱雑に、どころか、ほとんど何も置かれていない。
たとえば怪我をした時とか。
たとえば、行為の後、とか。
「ッ、」
「ひっ、」
陸斗が息を呑む音は、そんな怯えきった悲鳴で掻き消された。震えて、掠れた声。聞き覚えのある、悲鳴。
ほとんど何もない部屋に、唯一置かれていた物。少し重たそうな机と椅子。机の脚に両手を繋がれて、横倒しになった椅子に足を挟まれている青年が、海里 が、そこにいた。
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