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幸いにも、電話はすぐに通じた。「お前、今更なんのつもりだよ」電話向こうから聞こえる声は、怒りに満ちていたけれど、それ以上に震えて、焦っていた。
もしこの、切迫した声が演技じゃないなら。もし陸斗 に怒っているのが、本心なら。頼れる相手は、頼るべき相手は彼等しかいないだろう。
住所。目印。部屋番号。部屋の場所。それらを震える声でどうにか告げる。突然陸斗が住所を口にしたことで一瞬怪訝そうにしていた港 も、得心がいったのだろう。はっ、と息を飲むような音が1つ。そのあとは、黙って陸斗の言葉を聞いていた。
「すぐ、すぐ来てほしいっす。できれば波流希 も一緒に。ハサミっつーか、ナイフの類持ってきて。30分以内に」
「すぐ行く」
港が焦った様に言い捨てたのを最後に、電話は切られた。30分。少なめに見積もって、最悪の事態を回らない頭で考えたなりの、ギリギリのリミットだ。
港たちが今どこにいるかなんて分からないけれど、海里 に対するあの過保護加減に賭けた。
「あ……、え、みな、と? はるにぃ?」
おそらく海里にとって、来るべきだった衝撃が来ない事に、安堵よりも怪訝や、「もっとひどい事をされるんだ」という恐怖を抱いたのだろう。海里はガタガタと震えていた。きっと陸斗の声も聞こえていなかったと思う。
それでも、海里にとって心を許せる唯一の相手である波流希と、他の友人達よりも親しいんだろう港の名前は辛うじて届いたのか。虚ろで、何も見えていなかったような目に、本当に僅かな希望が灯っていた。同時に、聞き違いに違いない、来てくれるはずがないと、反射的に思ってしまうほどのナニカがあったのだろう、深い絶望も両目に湛えて。
間に合うなんて保証、なかった。
もしこれで柚陽 の方が先に来てしまったら。きっと誰にとっても良くない結果になるんだろう事は、思考が満足に働いてなくたって分かる。
でも、かすかな希望をようやく見出して、その輪郭だけでも触れようとしている海里を前にして、何もしないなんて出来なくて。
自分の声では怯えさせてしまうだけかもしれない。そんな風に思い、躊躇いつつも、陸斗は肯定を1つ、返した。
「そうっす。港と波流希がそろそろ来てくれる。だから、だからもう、大丈夫だよ、海里」
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