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 扉を開けた時以上の衝撃なんて、ないと思ってた。実際そんな風に思っているだけの余裕は陸斗(りくと)になかったけれど、それ以上の衝撃は、おそらく無意識に想定していなかった。どころか、これ以上の最悪なんてないだろうと思っていたかもしれない。  でも、そんな陸斗をあざ笑うように、海里(かいり)は陸斗の脳を大きく揺らした。  今、海里はなんて言ったっすか?こんな状態で微笑もうとして、それで、なんて言った?  その言葉は陸斗にも聞こえていた。聞こえていたけれど、理解できなかった。理解したくなかったのかもしれない。  だってあんなにボロボロで。こんなに傷付いていて。それでも海里は陸斗が陸斗だと分かるなり、どうにか微笑みを浮かべて聞いたのだ。「陸斗は今幸せ?」なんて、オレが幸せかを。 「なんで、なんで海里、そんなコト、聞くんすか……」  思わず漏れた声は弱々しく震えていた。自分のものじゃないみたいだ。  海里を撫でようとして、しかしすぐに止める。今の海里に手を伸ばしたって怯えさせるだけだし、そもそもオレが海里に手を伸ばす資格なんて、ありっこない。  陸斗が思わず漏らした呟きは海里にも聞こえていたんだろう。懸命に微笑もうとする。  さっきよりも綺麗になった微笑みは、さっきよりも強く陸斗の胸を抉る。  なんで笑おうとするんすか。オレなんかに弱音は吐けねぇだろうけど、それでも、せめてさっきみたいに怖いなら怯えて良いのに。「やめて」って、オレが誰かを認識しないで叫べば良いのに。 「だって、オレはぁ……、りくとが、しあわせなら、うれし、から」  ね?なんて、海里は微笑む。どこか気だるそうに、首を傾げてみせて。  記憶の海里よりも、だいぶ弱々しくなってしまっていて、すっかり怯えきってしまっているけど。でも、陸斗の知る海里と、陸斗が忘れてしまったあの海里と、まったく変わってなかった。  ───オレは陸斗が好きだから、お前に幸せになってほしいんだ。  海里はいつだって、そんな風に言ってくれてたのに。なんでオレは忘れてたんすか。

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