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この状況で「幸せだ」と答えられる人間は、何人いるだろうか。少なくとも陸斗 には無理だった。今まで1度も感じなかったはずの後悔は一瞬で大きくなって、罪悪感が陸斗を苛む。まるで内側から陸斗を食い破ろうとしているかのように。
今更、オレはなにを良い子ぶってんすか。最初に海里 をこうしたのは、オレなのに。
でも、「幸せじゃない」とも言えなかった。それは柚陽 が隠れてこの部屋に出入りしている事実を知ってしまったからだとか、今の海里の状況を見て自覚した後悔だとか。ただ単純に、今が「幸せだ」と言えないからじゃない。
不安そうに陸斗を見つめる海里に、もし陸斗が「幸せじゃないっすよ」なんて言えば、海里はなにをするだろう。実は心底から陸斗を恨んでいて、急に満足そうに笑ってくれれば良い。陸斗にはそんなシュミはないけど、海里にそこまでの余力があって、それこそ“海里が幸せなら”良い。あくまで自己満足だけれど、些細な償いだ。
けれど全てが本心で、まだ変わらず海里が陸斗の幸せを望んてくれていたら。そんな海里に、ボロボロになっても尚、陸斗に微笑もうとしてくれた海里に「幸せじゃない」なんて言ったらどうなる。目にまた、絶望が強く浮かぶ?さっきみたいに我を失って強く怯える?
それとも。
陸斗の中に過ぎる最悪の予感が真実だと言うように、海里は少し困ったように微笑んだ。それからボロボロの体で、ズタズタになってる心で、すっと目を細める。小さく口を開いて、なにかを求めるように、はぐ、小さく動かした。
甘えるように腕を伸ばそうとしたけれど、重い机に頑丈なロープで繋がれた腕が動くはずもなく。海里は一瞬だけ怯えを露わにしたけれど、そんな事なかったみたいに、必死でまっすぐに陸斗を見つめる。
「オレをなぐれば、しあわせに、なる? なら、いーよ。陸斗なら、なにしてもいいから、ね? オレに、シて?」
───それとも、自分が傷付けば陸斗が幸せになるのだと思って、それを望むか。
その言葉に思わず、すっかりやせ細ってしまった体を抱きしめようと手を伸ばして、海里の表情で我に返った。
最初に浮かんだのは、隠しようのない絶望と恐怖。もう海里の本能に染み付いてしまったんだろう、“誰か”に“触れられる”恐怖。それでも海里の理性はそんな本能を振り払おうと、陸斗を誘うように微笑もうとする。まるで「この先の行為に期待してる」なんて言わんばかりに。
そんな状況で抱きしめられるワケもない。こんな状況を「幸せだ」なんて、今の陸斗には言えない。けれど海里が何をしようとしているのか分かってしまった今、「幸せじゃないっす」とも、言えない。
海里の視界から自分の目を隠すように。あるいは、自分が海里から逃れるように。陸斗は目を伏せた。
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