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なきがらを抱える手は、

 柚陽(ゆずひ)が戻ってきてしまったのか。背中を向けていても分かる扉が開く気配に、陸斗(りくと)は身構えた。この場で柚陽に会ってしまうのは最悪だ。まだ動揺も抜けていない。けれど、今、自分が動じていてはいけないだろうと言い聞かせる。  海里(かいり)は、もはや扉が開くことが恐怖になっているのだろう。ひっ。引きつった悲鳴が喉からこぼれて、また、手足を動かそうとする。足は自由になったけれどひどい怪我で、拘束されていなくても自由に動かさないだろう。でもそんな事を考えてる余裕はなさそうだ。  薄暗い部屋に、廊下からの明かりが差し込む。薄闇に慣れた目には直視しなくても眩しく、伸びた影は無駄に恐怖を煽った。  だが、だから、何だ。  今、1番怖いのは海里じゃないか。オレが怯えていて、どうするんすか。守る資格がなくたって、相手が誰であったって、(みなと)達が来るまで海里を守る。独りよがりでも、それが今の自分にできることで、今の自分がしたいことだ。  覚悟を決めて振り返った陸斗の目に映ったのは、……幸い、運はそこまで陸斗を見放してはいなかったようだ。  あるいは、見放されなかったのは海里の方なのかもしれない。 「……っ、海里……、海里ぃ…」  張り詰めた顔が、ぐしゃぐしゃに歪んで涙を流しながら名前を呼ぶ港と、 「海里、オレのお家に帰ろうか。あったかい飲み物を一緒に飲もう?」  陸斗でさえ見慣れた穏やかな微笑みを浮かべる、でも目の端は明らかに赤くなっている波流希(はるき)が、そこにいた。

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