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 波流希(はるき)たちの準備が良かったのもあって、柚陽(ゆずひ)が帰ってくる前にあのマンションを抜け出すことができた。海里(かいり)の様子は心配だったけれど、目立ったパニックを起こすこともなく、今は波流希のベッドで眠っている。  眠っていると言うよりは「気を失っている」だけかもしれないし、パニックを起こさなかったのだって、気を遣って懸命に堪えていただけかもしれない。もし耐えていたのなら、パニックで泣き叫ぶよりよっぽど精神的な負担だ。オレがいるから無理、させちゃったんすかね。ぼんやりとベッドで眠る海里を見つめる。  今、海里の足には包帯が巻かれている。自宅で出来る応急処置程度ではあるけど、波流希が手際よく処置をして、一応、見た目には痛々しいけど、さっきまでの、グロテスクでさえある見た目よりは幾分かマシになってる。  とは言え、ちゃんと病院に行った方が良いだろうけど。陸斗が潰してしまった分も、完治とはほど遠い状態だったのに。  ずっと一緒に過ごしていた幼馴染の家、唯一心を許していた相手。  やっぱりその効果なのか、海里の表情は安らかだ。少し、本当に少しだけ、安心できた。 「……ちょっと良いか?」  頭を撫でたい。もちろん、そんなことはしないけど。吐き出せない罪悪感を抱きながら、ぼんやりと海里を見つめていれば、穏やかな声音を装ってはいるけど、隠しきれない怒りを滲ませた(みなと)に、声を掛けられる。  本来なら信じてもらえないだろう陸斗の言葉を信じて、あそこに来てもらっただけでも感謝しかないし、殴られなかったのも不思議だ。もしかしたらこの後、殴られるのかもしれないっすね。  どうせなら殴られた方が楽かもしれない、なんて思ってしまってる自分の浅ましさが嫌になりつつも、「なんすか?」陸斗は問うた。 「波流希先輩、リビング借りて良い?」 「うん、良いよ」 「こっち。ついて来いよ、陸斗」  わざわざリビングを指定した理由は何となく分かる。なにかを話すにせよ、陸斗をぶん殴るにせよ、いくら眠っているとはいえ、海里の前でするには不便だ。海里を起こしてしまうのも、海里が悪夢にうなされるのも、避けたい。  それに陸斗が傍にいるより、波流希が見守っている方が海里の負担にもならないだろう。  港も、この家にはそれなりに慣れているらしい。勝手知ったる、といった足取りで、波流希の自室を出ると、迷いなくリビングへと向かっていった。

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