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吐き捨てられた言葉に、陸斗 の脳が揺れる。リビングのフローリングを踏みしめているはずなのに、足元がひどく不安定に感じられた。ぬかるみにハマッたような。あるいは、そのまま床がすっぽり抜けて、落ちていくような。
そうした感覚に襲われながらも、どこかで冷静に自分の声が言う。「ああ、やっぱそうだったんすね」と。あの時は到底思えもしなかった感情。でも、マンションの1室に広がった惨状を見た後では、後悔を自覚したあとでは、あのタイミングは妙だったとさえ思える。
まるで、最初に「自作自演だ」と言われた時に感じた怒りこそ、嘘だったみたいに。
波流希 の言葉に、恨みと嫌悪しかなかったあの時の自分は、確かに揺らいでいた。
でも、そんな時に悲鳴が聞こえるなんて、出来過ぎちゃいないだろうか。
それにあそこは、廊下だ。自習室を使うために来る生徒も少なくはないし、移動のために、近道のため、時には遠回りのためにと自習室前の廊下を通って目的地に向かう学生もいる。
もしも本気で誰かを襲おうとしたなら、そんな往来の中、するだろうか?
今思えば思うほど、あの時の状況は不自然だった。
第一、柚陽 はあの後、自分の企みを全員に明かして、笑ってみせたのだ。とろけきった顔で陸斗を見つめて、行為をせがんでいるのだ。
陸斗はそんな柚陽の、きっと誰が見ても見え透いていただろう演技にあっさり騙されて、海里 をあんなメに遭わせた。
後悔と罪悪感は徐々に強くなって、だからと言って今更どうにもできない。陸斗もまた強く唇を噛み締めるし、海里がいない今、怯えさせてしまう事もないだろうと拳も強く握り締める。自分の掌を抉らんばかりの勢いで。
そうした、きっと海里たちに言わせれば意味の無い、独りよがりな罪悪感に苛まれていた陸斗を現実に引き戻したのは、陸斗がいくら償えど、きっと許す気はないのだろう1人、港の声だった。
「……つーかお前はそろそろ帰れ」
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