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手の中にあったのは、なんだろう?

 家へ帰るのにここまで緊張した事はあっただろうか。心臓が痛むのさえ感じながら、陸斗(りくと)は扉にそっと手を掛ける。周囲に警戒しつつ、明らかに「何かありますよー」といった態度は控えて。ゆっくりと引こうとした扉は、しかし、鈍い感触に阻まれた。施錠されている時、特有の感触。どうやらまだ、柚陽(ゆずひ)は帰っていないらしい。この時間ならまだ授業があるけれど、果たして柚陽は出席しているんだろうか。もし陸斗が受ける授業だけ出ていたのなら、陸斗が帰ってしまった以上、参加していない可能性も低くはない。そうなるとまた、あのマンションに行ったんだろうか。  胸の中がモヤで支配されていくのを感じながら、陸斗は鍵を開き、そっと扉を開ける。室内に人の気配はない。柚陽と2人で暮らしている家だから、人の気配がないってことは、柚陽は少なくとも在宅中では無いのだろう。  1度帰っていたのだとしたら、できる言い訳が限られてしまうんだけど。  普段よく使う靴は玄関ポーチ、履きやすい場所に置いてあるけれど、そこに柚陽の靴は並んでない。留守だって確信を強くする。  だからといって、現状がなにか解決したってワケでもないんすけど。  部屋着に着替えて、ケータイだけを持ってリビングのソファへと横になった。一応、体調不良の言い訳が通る様にとポーズは取っておく。  その状態で柚陽の動向を確かめるためにケータイを起動して、「……っ」思わず息を吐きだした。  柚陽からの連絡が来ている。「大丈夫?」「無理しないでね?」「りっくん、倒れてない?」「うるさかったらごめんね」内容はどれも、陸斗を気遣うものだ。中には「サボってるんなら、だめだよー」「課題は自分でやるんだからね!」なんてものもあるけど。  柚陽からの文面と、扉を開けた瞬間の海里(かいり)が重なって、上手く頭が働かない。とりあえずは、「大丈夫っすよ」と心配させないための返信を1つ。それでも言い訳を万全にしようと「ちょっと授業もダルかったし、少し風邪っぽかったからサボっちゃったっす」と付け加える。  すぐに見た様子がないのは、真面目に授業を受けているからか、それとも。  友人からの連絡も少しだけ来ていた。「なにか分かった?」「柚陽、あの後の授業は出てないみたいだ」「戻ってくる様子もない」……なるほど、1度帰ってなければ良いんすけど、あのマンションに向かってる可能性は高そうだ。  友人からの連絡に多少感じた絶望が、手からケータイを落とさせる。ぽふっ、なんてソファがやわらかい音を立てる。

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