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「うーん、でもやっぱり風邪予防は出来た方が良いよね! 健康に良くておいしいもの、がんばって作るから待っててね」
そう言ってキッチンに立つ柚陽 を、ソファからぼんやり見つめた。ちなみに「手伝うっすよ」と申し出たけれど、「りっくんは調子悪いんだから、休んでて?」とソファに押し戻されたのだ。
そうは言っても、コレは特別な事じゃない。「りっくんは疲れてるから」「オレがりっくんに作ってあげたいから」そんな理由で手伝いを断られるのは、そんなに珍しくない。
柚陽の背中をぼんやり眺めた。小柄で、小さくで、どっか頼りない。「守ってあげなきゃ」って思わせるような背中、なんだけど。
料理するためにって部屋着に着替えてしまったから、さっきまで着ていた服にあのマンションの形跡があるかどうかは、分からない。最悪洗濯物を漁るっていうテはあるけど、それはあまりに変態っぽいし、体調不良を言い訳にしてしまったから、余計に怪しいだろう。
柚陽の性格を思えば「体調の悪い子は無理しないの!」と言ってベッドに追いやられそうだ。
あの部屋はニオイが酷かったから、残り香のようなものを連れてきてないかと鼻をひくつかせてみたけれど、部屋に入るなり感じた、いろんな物が混ざった異臭はしない。
帰ってきてからすぐならともかく、あのニオイの残り香程度じゃ、掻き消えてしまうだろう。1つ1つは馴染みのあるニオイだったし、それも、料理中で良い香りを部屋中に漂わせてしまえば、幸か不幸か、簡単に消えてしまう。
血のニオイや欲のニオイもしたけれど、普通に料理の匂いもっすからね。辛うじてテーブルはあったのに、肝心の食事は犬食いを強制するような置き方がされてたけど。
料理の、ニオイ……?
陸斗 はそこに“ナニカ”を感じて、思わず身を起こした。ソファが僅かにきしんで、「りっくん、お腹すいちゃった?」なんて柚陽に訊ねられたけど、満足な返事も返せない。
あそこにはキッチンがあった。多分、火も水も通っていそうだ。昨日、柚陽は何を作ってくれたっけ。急に冷蔵庫から消えた食材はあったっけ?
「りっくん、あーん」
陸斗から返事がない事に焦れたのか、柚陽がおかずを1口分箸ではさんで陸斗の口元に近付けるまで、陸斗の思考は現実に戻ってこなかった。
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