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「おいしい?」
こてん。いつもどおり、柚陽 の首が傾げられる。
大きな目。可愛らしい顔立ち。それから、極度の童顔。そうした要素もあって、ひどく柚陽に似合ってる、柚陽のクセ。見る人間に思わず愛らしさを感じさせるし、陸斗 も可愛いと思っていた動作だ。
そんな柚陽の顔を見つめていて、口の中になにかあることと、さっきまで柚陽が箸に挟んでいた1口分のおかずがない事に気が付く。適度なあったかさを口の中に感じるから、多分、無意識に開いた口へ、柚陽がおかずを入れたんだろう。
いわゆる、“あーん”は、陸斗にとって、幸せな動作だと思っていた。恋人に“あーん”と食べさせてあげる。あるいは、食べさせてもらう。
それは陸斗にとって幸せで、仮に出来合いの総菜でさえ凄く美味しく感じるような。それが恋人の手料理なら最高だって、思っていたのに。
もぐもぐと口の中のおかずを、なんとか咀嚼する。「風邪気味かも」っていうのは、適当な言い訳だったはずなんだけど、本当に熱でも出たかのように、1口のナニカを噛むのもダルい。
それにやっぱり、ゴムの味しかしなかった。
柚陽の味付けは基本的に陸斗好みで、辛口だったり、濃い目だったりする。そりゃあ今日は“体調不良対策”っていうのもあるから薄口かもしんないっすけど、ゴムみたいな味をしたのは、今日に限ってじゃない。
どうしよう、「幸せだ」って思えない。
「ん、美味しいっすよ」
それでもどうにかこうにか口の中のおかずを飲み込んで、陸斗は笑ってみせる。果たして上手く笑えていただろうか。自覚できる範囲じゃ、ちょっと引きつってる気がする。バレてないだろうか。仮にバレていても、「体調が優れないから」って事で納得してくれないだろうか。
不安に思う陸斗の前で、柚陽は傾げていた首を戻して、ぱあっ、明るく笑った。「よかったぁ」なんて弾んだ声で言って。
結局、柚陽が並べてくれたその日の夕食は、味見させてもらった時と同じように、ゴムでも噛んでるような味しかしなかったけど。
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