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外に出てすぐ、柚陽 の背中は見付かった。それほど寂しい通りではないから、夜でも街灯に照らされて道はそれなりに明るいし、とは言っても帰宅時間のピークも過ぎれば人でごった返す事もないっていうのが、幸いしたのだろう。
とはいえ、柚陽がすぐ見付かったということは、柚陽から陸斗 も見付かりやすいという事であって、それは心配だけど。
こそこそし過ぎるのも怪しいかもしれないが、バレないように精一杯気配を消して、柚陽の後をついていく。もし振り返られたら、身をひそめるような物影もない。
尾行の経験なんて多くないし、1歩1歩も慎重になろうもの。
後をつけながら、陸斗は考える。柚陽が向かっているのはコンビニと正反対。もう少し歩けば柚陽が気に入っている菓子屋があるけど、とっくに閉まってる時間だ。
でも、よっぽどの近道があるというのでもない限り、“あのマンション”に行くにも方向が違う。……やっぱ柚陽はあのマンションに用があって、海里 がいないのに気付いたんすかねぇ。急激に背中が冷えて、ぞっとするものを感じた。
だって柚陽があのマンションに行っていたという事は、海里のあの状態に多かれ少なかれ関わってるかもしれないということだ。可愛らしい顔で、こてん、無邪気に首を傾げる仕草が似あって。でも、こっそり大学を抜け出して、海里に“あんなコト”をしている。
陸斗は自分の手が震えているのに気が付いた。でも、理由までは分からない。柚陽や「二面性」というものについての恐怖か、それとも怒りなのか。怒りだとしたら、オレに怒る資格なんてねぇっすけど。
ああ、でも、もしかしたら、柚陽は海里を助けようとしていたのかもしれない。なんせ、まだ陸斗が海里を恨んでいた時、海里の首を鷲掴みにした手を離させようと懸命になっていたのは、柚陽なんだ。
あの部屋には食べ物もあったし、何も食べていない海里のために、食事を作っているだけなのかも。
「あんな、犬食いを強いる置き方で、っすか?」ようやく見付けた光は、けれど、陸斗自身によってすぐ掻き消される。確かにあの置き方には、善意を感じられない。むしろ、人としての尊厳を根こそぎ絶やそうとしているような悪意さえある。
柚陽が向かっている先は相変わらず分からないまま。自分がなにをしたいのか、真実を知りたいのか、知りたくないのかさえ、判断できないまま。
それでも陸斗は、柚陽の後を追う。つい最近まで幸せを持っていると信じて疑わなかった手なのに、ひどく虚しく、ひどく痛く感じられた。
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