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 柚陽(ゆずひ)がどこへ行こうとしているのかは、相変わらず分からない。本当は目を背けたいような“最悪の可能性”も踏まえて考えていたって、まるきり読めなかった。  もしあれだけの事をしたのが柚陽なら、海里(かいり)になんらかの執着はある、はず。そう思って考え付く場所は、まず、海里の家。でも方向が全く違う。近道って可能性も一切ない。それなら(みなと)波流希(はるき)の家という可能性もあるけど、港の家を陸斗(りくと)は知らないからそこに向かおうとしていても分からないし、波流希の家とは方向が違う。  そもそも波流希の家ではないようにも陸斗は思った。もちろん、「唯一心を許した存在」である波流希の家が、パニックを起こしている海里に最適な避難場所だっていうのは分かる。海里の家は陸斗の家でもあったし、あそこには海里にとって良くない思い出もあるだろう。主に、陸斗のせいで。  だけどそうした理由とは別に、「柚陽に知られていない場所」を選んだ可能性だって低くはない。波流希ならあれだけの状況を目の当たりにしても、目の当たりにしたからこそ、それだけの頭は回りそうだし。  じゃあ、実家?でも海里の過去を知っていそうな柚陽が、「海里が実家に行く」と思うのも違う気がして。  ふっと。唐突に柚陽が足を止めた。考え事と気配をひそめることに集中していた陸斗は、一瞬反応が遅れるけれど、辛うじて音を立てることなく、その場に止まる。  幸い電信柱が近くにあったので、定番すぎるけれど、その影に身を隠す。  物陰から探った柚陽はなにやらケータイを操作しているらしい。薄闇の中、ぼんやりとケータイのライトが浮かぶ。この距離からではもちろん、ケータイの画面なんて覗けない。  ただ、少し画面をスライドさせたり、タップしたりを繰り返したあと、液晶を耳に当てたから電話なんだろうと悟った。  一瞬、尾行がバレていて。あるいは柚陽が純粋に心配して、自分のケータイが鳴るんじゃないかと心配になった。音は切っているとはいえ、この距離で電話に出ればバレるし、無視したら不信感や心配を抱かせてしまうから。  だから自分のケータイが振動を伝えることなく、数秒後、「もしもし?」なんて、柚陽の明るい声がかすかに聞こえてきた時には、安堵もした、けれど。

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