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「やっぱ、お家には帰ってないんだねー。いやいや、それは分かりきってたから納得だよー。怒んないって。でも、海里 はどこ行っちゃったんだろうね」
すぐに、突き落とされる。
柚陽 は普段通り、電話の相手に明るく、無邪気に話してる。電話中も身振りを交えるのは、柚陽のクセの1つで、これもまた、普段通り変わらず。「うーん」と考え込むように顎に添えていた指が離されて、指先が夜の薄闇をくるくるかき混ぜた。
やっぱ柚陽は、あのマンションに関係してる?海里がいなくなったのにも気が付いた?いや、でも海里は20日以上前から港 達と連絡が付かなくなってる。柚陽もそれを知っていて、探してるだけかもしんないじゃないっすか。
……港が海里と連絡がつかなくなったのは、25日くらい前なのに?
空斗 のことで海里と話していたから遅くなったんだと、柚陽が言ったのも、だいたいそれくらいの時期なのに?
親友や幼馴染が心配性だって、海里は分かっているはずなのに?
手の中の“ナニカ”を、綺麗な状態で守ろうとすればするほど。せめてもの償いに海里の件で真相を求めれば求めるほど。陸斗の考えは破綻していく。
なにかを得るためには何かを捨てなくてはならない、ってよく言われてるっすけど。まさに今は、その状態なんだろうか。
「実家にも帰ってないよー。見に行かなくても分かるって。あ、そっか、キミは知らないもんね。海里の過去」
きゃははっ、なんて、無邪気に柚陽は笑っている。よく見た笑顔だ。
お気に入りのバラエティを見ている時と同じ笑顔で、柚陽が友人である海里の過去に触れている。一応電話口の相手に全て話すつもりはないらしくて、「んー? まあネグレクトっていうか、虐待の一種だよ」と濁してはいたけど。
「いやいや。あの状態でどーやって自由になったかは知らないけど、折角自由になったのに、わざわざ戻ってくると思う? だぁいすきな陸斗に言われたなら、戻ってくるかもしれないけどぉ。普通はあんなメにあって、折角誰かさんが助けてくれたのに、わざわざ戻ってこないって」
あの状態で。自由に。海里。陸斗。
今聞くには、今、柚陽の口から聞くには、あまりに不穏な単語に、陸斗の心臓は凍えた。あがりそうになる間抜けな悲鳴も、息を呑むのも、堪えるだけで精一杯だ。
万が一にも声が漏れないようにと、自分の手を重ねて口を塞ぐ。ガクガクと震える足だけは、どうにもならない。
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