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 柚陽(ゆずひ)陸斗(りくと)がつけているのを知って、あれだけの声量で電話をしていた。でもなんのために?「帰れ」と暗に促すため?それとも、陸斗に真相を教えるため?  どっちもありそうだけど、どっちも納得できない。「帰れ」と促したいなら、「りっくんは病人なんでしょ」とでも振り返って言えば良いだけだし、真相を教えるためなら、ハッキリ伝えれば良いのだ。なんで、こんなにも遠回しに。  それも、ド天然で言外の意なんてくみ取れない様な、柚陽らしくない方法で。  混乱する陸斗が面白いのか、柚陽がクスクスと笑う。まるでいたずらが成功した子供みたいで、子供は嫌いだけど、そんな柚陽は無邪気で愛らしい。  無邪気で愛らしい、はず、だった。 「柚陽、なんで、アンタ……」  でも今の陸斗が感じるのは、愛らしさじゃない。不気味さ。恐ろしさ。目の前で笑う恋人が、大切にしたい、幸せになりたいと思った相手が、得体の知れない怪物に見える。  ふと、柚陽が笑うのを止めた。大きな目をいっぱいに開いて、「りっくん!」心配そうに叫ぶ。  距離をもう1歩縮めた。恐怖を感じているけれど、震える足と真っ白な頭は、この場で適切な指示を出しても、受けてもくれなくて、陸斗は縫い付けられたように固まったまま。柚陽が伸ばした手を、情けない事に避けられもしなかった。 「うーん、熱はないみたいだけど……。りっくん、調子が悪いなら、無理したら、め! だよ?」  額に触れていた柚陽の手。体温が高くて、あたたかい手が離れた事で息が出来るようになって。そうして今更のように、息を止めていたのだと自覚する。  電話中も、今も、柚陽の声や表情が明らかに変わったワケではない。むしろ表情や声音が変わるトコなんて見てる。空斗(そらと)を前にした柚陽の方が、態度の変わりようは顕著だ。それでも、ここまで恐怖はしなかった。  むしろ、「りっくん! 大好きだよー」そんな風に幸せな時間を過ごしたのと同じトーンで、同じ声で。あの惨状を語ったからこそ、陸斗は恐怖しているのかもしれない。

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