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誰かに、おそらくは陸斗 に聞かせるためにわざとらしく電話をしていただろうに。「そんなコト知らない」とばかりにきょとんとしている柚陽 に、もしかしたら気のせいだったんだろうか、知らず疑心暗鬼に囚われていて言ってもいない幻聴を聞いてしまったんだろうか。そんな気にさせられる。
だからといって、柚陽の言い分を全面的に呑み込めない。だって、あんなもの見ちまったら、柚陽が部屋に入る瞬間まで見ちまったら、いくら海里 を憎んでいた時でも「柚陽が何かした」「柚陽は何か噛んでる」としか、思えないっすよ……。
グッ、と。また拳を作る。柚陽が怯える様子を見せたけど、もちろん、殴るつもりなんてない。
逃げ出さないように。柚陽への情で揺らいでしまわないように。手の中にあるナニカの輪郭を確かめるように。そんな目的で握り締める。もちろん、爪が掌を抉る事も気にしないで。
「りっくん! 手!! そんなに握ったら血が出ちゃうよ!?」
きょとんとしていた柚陽が慌てて陸斗の手に触れようとするけれど、陸斗はそれを制するように手を上に逃がす。間抜けな姿にはなるけど、背の高い陸斗と小柄な柚陽では、こうするのが1番確実だ。
触れられるのを拒むような陸斗の態度に、ショックを受けたのか、柚陽の大きな目が揺れる。今にも泣き出しそうな顔で、「りっくん……」震えた声で呟かれれば、心だって痛む、けど。
海里の過去さえ楽しそうに触れていた柚陽の姿が、今の柚陽に重なって、ブレる。
「柚陽。どうしてこんな時間に、こんなトコにいるんすか? 海里のコト、なんか知ってるの?」
「もー。こんな時間、って言っても、大学生が歩いててもおかしくない時間なんだからね」
ぷんぷん、とでも言うように、マンガのように頬を膨らませる姿は、普段ならきっと可愛いと思った。子供っぽい仕草は男子大学生であるにも関わらず、童顔小柄の柚陽によく似合っているし。
でも、だからこそ。
あれだけの話をして、その話について問われているというのに、柚陽が平然といつも通りでいるのは、やっぱり、恐怖でしかなかった。
「あー、分かったっす! 時間の事はおかしくない、認める。じゃあ、海里は? さっき海里やオレの話、してたよね?」
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