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 柚陽(ゆずひ)の頬が、しぼんだ風船みたいに元に戻る。それから、じっと陸斗(りくと)を見つめた。まっすぐに、ただただ、じっと。  それから、こてん。首を倒す。  いつものように首を傾げて、いつものように無邪気な仕草で。 「りっくんは、まだ、海里(かいり)くんが好きなの?」  胸がズキリと痛んだ。急に酸素が薄くなって、満足に息ができない。この子は何を言ってるんすか?分からない。  なにか返そうとしても、はくり、と間抜けに口が開閉されるだけで言葉は出てこない。呼吸さえ満足にできないのに、なにか喋ろうとする方が間違っていただろうか。  海里が、好き?柚陽から告げられた問いを、頭の中で繰り返す。まさか。今でこそ憎んでいないけれど、代わりに強い罪悪感が根付いている。「好きになるのに資格なんていらない」って綺麗な言葉を告げる人は少なくないけど、少なくとももう、オレが海里を好きになる資格なんてない。  その資格だって、海里への感情だって、あの日、海里の足もろとも机に潰された。 「好きじゃないっすよ。つーか、なんとも思ってないっす」  半分は本当だ。半分は本当じゃないかもしれないけど、嘘ではない。少なくともその返答に嘘はない。  以前持っていた「好き」という気持ちは、もうない。でも、いつしか生まれていた憎悪だってなくなってる。海里に対して感じている思いがあるなら「罪悪感」だけ。 「……ほんとに?」  柚陽が首を倒す。いつもと同じ仕草だけど、大きな目には溢れそうなほど、不安が浮かんでいた。  なんだろう、嫌な予感がする。嫌なものが、背中から這いずってくる。この先を聞きたくない。本当の事なのに「本当っすよ」とは、言いたくない。違う、この話をしたくないんだ。  それでも、なにか答えないワケにはいかなくて。陸斗は恐怖を感じつつも、小さく頷いて返す。「本当っすよ」オレが好きなのは、柚陽っすから、なんて付け加える余裕はなかったけど。

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