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 家へ帰れば、柚陽(ゆずひ)の姿はなかった。当然だ。今日柚陽は大学だ。「もうちゃんと行くね」そんな風に笑った柚陽の、ふわふわの髪をなんとか撫でてやって、送り出したのは、つい数時間前のこと。  (みなと)と会うために自主休講してしまったけど、まだ午後の時間割には余裕で間に合うし、向かおうか。柚陽の出欠について教えてくれた友人にも、話せる範囲で話さないといけないし。  多少憂鬱ではあるものの、のろのろと支度をしていて、ふと。本当に柚陽は、大学、行ってるんすかね、そんな疑問を抱いてしまった。  大学に行く、とは言っていたけど、最近の柚陽は陸斗(りくと)に何かを隠してる。そのナニカのために、嘘をつかないとは限らない。  でも、あんな素直な柚陽が?いや、結構柚陽は少なくともここ最近は嘘を重ねてる。  だけどもう、全部柚陽は打ち明けたじゃないか。それにあのマンションに海里(かいり)はいない。病院を特定出来たって、セキュリティとかで連れ出すのは厳しいはず。  だから大学に行くフリなんて必要ないのだ。思い掛けて、唐突に昨日の会話が脳内で蘇る。  気付いた時にはケータイを手に、友人の連絡先をタップしていた。数回のコール音と、もしもしの声。 「ねえ、今日、柚陽は大学に来たっすか?」  頭の中で渦巻く声。捕まえる。次の場所。柚陽が電話口に告げていたような言葉が、脳内でずっとぐるぐるまわってる。  聞いた声は情けなく震えていたし、 「いや、今日も朝から来てねーよ」  その返事を聞いた途端、陸斗の手からケータイが落ちて、やかましい音を立てた。

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