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「柚陽 ……?」
ぼそっと、呟くように、その名前が思わず口をついて出た。
大学に向かって家を出て、すぐ。陸斗 の視界に一瞬、ちらっと映ったのは、柚陽の背中に思えた。
見慣れた後ろ姿。たとえば小柄な体型とか、ふわふわの髪とか。朝「大学に行ってくるね」と言った柚陽が着ていたのと、まったく変わらない同じ服とか。
向かっている先は大学の方向じゃないし、やっぱり大学に行くつもりはないらしい。「やっぱり」そう思ってしまった自分に、多少驚く。ああ、オレ信じてないんすかね。なにか疑ってるんすかね。そう、思ってしまう。
柚陽は後ろを向く事なく、堂々と歩いている。とは言えマンションの時の様に迷いない足取りでは無くて、少しどこに行きべきか悩んでるようにも見えた。もしかして、海里 の居場所を探ってるんすか?そんな、嫌な予感が浮上して、振り払おうと頭を左右に振る。だって、もう、そんな事する必要はなくねぇっすか?オレに全部を話したんだから。それとも、全部嘘だった?
モヤが広がっていく。でも、思えば柚陽が海里を探しているかもしれない、って思える点はあって。
海里のいる場所から離れたトコを待ち合わせに指定した港 。普通に会話を交わしていたのに、まるで「誰がどこで見ているか分からない」って言うように、海里が入院している病院だけケータイのメモ帳に打ち込んだ港。
もし、近くに柚陽がいて聞き耳を立ててるとか、柚陽が盗聴なんかを仕組んでるんだとしたら。そりゃあ、まあ、特に港は海里の居場所をわざわざ声には出さないっすよね。
ごくり、と唾を飲み込んだ。
今の柚陽は陸斗が知る柚陽とかけ離れている。だったら、陸斗が知る柚陽の言動を真に受けるワケにはいかない。全部打ち明けたからもう海里を狙わないとか、思っていられないかも。そもそも柚陽は本当に全部を打ち明けたんすかね?
信じたい。信じたいけど、港が言うのももっともかもしれなくて。ぐっと握り込んだ拳の理由は、陸斗自身でも分かってない、けど。
進行方向を変える。陸斗は柚陽の方を追い掛けた。
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