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 それでもここで立ち尽くしていれば、柚陽(ゆずひ)が何を考えているのか、分かるワケじゃない。むしろ、それを知りたいのなら、柚陽の心に、真相に触れたいのなら、工場に足を踏み入れるべきだろう。  たとえ、そこに、陸斗(りくと)にとって見たくないものがあったとしても。  一応はとケータイを取り出して、(みなと)に連絡をとっておく事にした。別に骨を拾ってほしいワケじゃない。港は柚陽に警戒しているようだったから、念のため。  恋人を売るようで心苦しくはあるけど、海里(かいり)への強い罪悪感はもう、芽生えて、根付いてしまっている。まあ、この程度で償えるなんて思ってないんすけど。  たまたまケータイを見ていたのか、港からの返信は早かった。「分かったけど、無理すんなよ?」「お前が傷付いたら、海里が悲しむんだからな。シャクだけど」。そんな返信に思わず首を傾げてしまう。ほんと、どうして海里が傷付くんだろう。「いい気味」って笑って良いのに。  けれど今なら、海里がそういう人間だと思い出せるから、小さく苦笑。「努力するっす」これ以上海里を傷付けたくはないから、そう送る。「努力なんてしなくて良いから傷付いてくんな」ちょっと無理矢理な港からの返信に、「まったく……」なんてわざとらしく呟いて。  ケータイをポケットに戻して廃工場へと1歩踏み出す。  入ったのがバレたら怒られるだろう。下手したら犯罪者だ。そうでなくとも古い機械の暴走とか、突然建物が崩れるとか、そんな事が起きてもおかしくなさそうな見た目。  それでも、時々ある普通の廃工場だ。ただ、1歩踏み出したら元には戻れなくなりそうではあって、陸斗にとっては怪我だの、不法侵入だの以上に重い意味を持たせていたけど。 「柚陽……」  先に工場に入って、陸斗の勘違いでなければ陸斗を待ってるんだろう柚陽の名前を呟いた。今じゃ何を考えているのか分からなくなってしまったし、元から分かっていたのかさえ、自信がなくなってしまったけど。  それでも向き合わなければと、陸斗の足は廃工場の、埃っぽい床を踏みしめた。

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