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 柚陽(ゆずひ)は、にこっ、花が咲いた様な笑顔をみせた。幼い顔立ちに見合った、可愛らしい無邪気な笑顔。明るく弾んだ声で。それは陸斗(りくと)のよく知る柚陽であるのに、まるで見知らぬ誰かに見える。見知らぬ誰かにしか、見えない。  場にそぐあわない笑顔っていうのは、ケッコー怖いもん、なんすね。柚陽を直視する恐怖と、続く言葉への恐怖から、陸斗は現実逃避でもするようにぼんやりと考えた。  陸斗がどんな感情を抱いているかなんて、まるで気にした様子もなく。  さっきまで柚陽自身が語った言葉の異質さ、それだけの事を話しながらなお、無邪気に笑っていることへの奇妙さを、まるで感じていないみたいに。  花が咲いた様な、無邪気な笑顔のまま。えへへ、なんて愛らしい笑い声をあげながら。 「オレはね」  柚陽は、わざとらしく、大きく手を広げる。  それから自分の体を、ぎゅっと抱きしめた。強く、でも、やさしく。愛おしくて、大切なものを、その腕に抱えているように。  柚陽の大きな目が、熱に潤む。陸斗はこの目を知っていた。とろけたような柚陽の目。体を重ねた時に、ベッドの上で柚陽が見せる目だ。まっすぐに陸斗を見つめていたその目は、今、どこか遠くを見つめている。  そして、陸斗が知る目よりも、熱に、強く、激しく焦がれているように見えた。 「オレは、ずっと、ずーっと!! 海里が大好きなんだ!!」  柚陽と陸斗の他に誰もいない廃工場に、柚陽の熱を孕んだ叫びは、大きく響いて、少し埃っぽい空気の中に溶けた。

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