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「……それ、オレが教えると思ったんすか」  相変わらず足はみっともなく震えているんだけど、思わず呆れた様にジト、目を細めて柚陽(ゆずひ)を見返し、陸斗(りくと)は問い返した。  柚陽が言外の意をくみ取れないなんて、もう思わない。これで十分、「教える気はない」なんて通じるんだろうし、そもそも「お願いがあるんだけど」って言って、陸斗があっさり教えるなんて思ってないだろう。  陸斗の目つきは良い方じゃないし、それが“目を細めて睨んでいた”なんてなると、大抵の人間は怯えて距離を置こうとしていたけど、柚陽はにこにこするばかり。  まあ、動揺なんて狙ってたワケじゃねぇし、むしろこっちが柚陽を怖がってんだけど。  動揺を狙って睨み付けたっていうより、本当につい、呆れから目をすがめただけだ。 「うーん。ビミョウかなぁ。だって、りっくん、海里のこと、恨んでるでしょ? 海里を潰した事、あんなに嬉しそうに話してくれたでしょ? 幸せだって、本物の幸せを手にしたんだーって、言ってたじゃない」 「ッ」  息が、声が詰まった。  反論の余地なんてないから。本当だから。あの時陸斗は海里を恨んでいたし、海里を潰せばそれで本当の幸せを手に出来るって思ってた。あれが柚陽との幸せなんだって思ってた。  にこにこと笑う柚陽の顔を、苦し紛れに睨む。呼吸が薄い。ゼイゼイと浅い息が零れた。 「大嫌いで、恨んでる海里のことなんて、だぁいすきなオレのために、売ってくれたり、しない?」 「しねぇっすよ。ごめんね、オレはもう、アンタのこと、好きだって思えないし、海里の事も恨んでないっすから」 「それくらいは分かってたよー。りっくん、意外とキレイ好きだから、ちょっと露骨にやり過ぎちゃったかなぁ、なんて反省してるし」  こつん、自分で自分の頭を軽く叩いてみせる。そんな柚陽だけを見ていれば、ここが廃工場であることも、さっきとんでもない話をされたことも、忘れてしまいそうになる。  そんな不気味な食い違いが、陸斗の足を震わせていくけれど、そんな事言ってもいられないから。拳を強く握って、柚陽を睨む。 「ウソウソ! そんなに睨まないでよぉ。りっくんに睨まれるの、ケッコー怖いんだからね」  怖い。言いながらも柚陽は明るい笑顔を絶やさないし、ぷんぷん、なんて頬を膨らませている。

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