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ギリッ、と。奥歯を強く噛み締める。
最初柚陽 が読んだのと、それこそ“寸分違わぬ”理由で港 から海里 の病院を教えてもらっている。だけど柚陽にソレを教える理由もないと思っていたけれど、これで「知らない」と嘘をつくのも封じられたか。
オレ自身も思ったっすけど。最初にこの子を「ド天然」「素直過ぎる」って言ったのは、誰だったんすかねぇ。付け入る隙が無い。
「それとオレは、気が短くはないんだけど、さすがに長年の片想いが実るかも! っていう事態を前にしたら、そわそわしちゃうんだぁ。せっかくイイトコだったのに、誰かに海里を連れていかれちゃったから、尚更。だから」
柚陽は笑いながら言って、ケータイを持った手を伸ばす。本当わずかなものだけど、ケータイと陸斗 の距離は縮んで、サイト内容が今までより少しだけ鮮明に見えた。
下世話の一言に尽きるレイアウトやサイトのロゴ。
画像一覧に並ぶサムネイルだけでも動画の中身は簡単に想像出来て、そこに海里の動画が並ぶのかと思うと吐き気がする。
柚陽が投稿しようとしている件の動画には、少なくとも顔にモザイク処理なんかはされていなくて、怯えきった表情をした海里が、サムネイルに使われていた。「シてシて! いっぱいちょうだい、おねだり淫乱っ子・連絡方法は動画詳細欄に」そんな動画タイトルも見て取れて、陸斗は、自分の脳が沸騰するような、そんな感覚に襲われた。
喉も、頭も、目も、肺も、胃も。なにもかもが、熱い。
「柚陽ぃぃぃ!!」
「このオバカ加減、なかなかいいでしょー? コーイウ動画っぽいし! それで、オレからのお願いねー。もうガマンの限界だから、あと10秒で教えてくれないと、このまま投稿しちゃうっ!」
柚陽はそう言ってから、ケータイを示すのをやめると、ケータイの画面をそっと撫でた。其の弾みで親指が投稿画面をタップしてしまわないかと不安になる。柚陽は間延びした、明るい声で、「じゅーう、きゅーう」なんてカウントダウンを始めている。
ああ、もう、これを投稿されてしまうくらいなら、仕方ない、のだろうか。
「……なあ、教えなきゃ投稿するって言ってたっすけど、教えたら投稿しないって考えても良いんすか」
「ちぇー。気付かれちゃったかぁ。でも、良いよ。教えてくれるなら、そうしてあげる」
柚陽はカウントダウンを止めて、きっと世間では可愛らしいと言われる微笑みを見せた。
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