252 / 538

 柚陽(ゆずひ)の目が、ぱちくりと何度か開閉した。「えーっと、えーっとぉ」なんて、少し舌足らずに言いながら、さっきと同じようなポーズで、「考えてます」って姿勢を見せる。  わざとなんだろうか。それとも、心当たりが本当にないのか、はたまたあり過ぎるのか。その真相は本人じゃないと分からないだろう。ましてや、高校時代までの4人を一切知らない陸斗(りくと)には推測できるコトでもない。  きっとさっき(みなと)が口にしていた事は全部じゃない。もしも全部であったとしても、当事者と話を聞いただけの人間とじゃ、感じ方に大きな差があるのも事実だ。だから彼等に“ナニ”があったかなんて、きっとこの先も陸斗は、正確には分からない。  ただ1つ、分かる事があるとしたら。  今の柚陽は、港の心情なんて、一切気にしてないということ。  そしてどんなに港が「怒っている」と訴えても、へらっと笑ってみせながら、 「でもね、港。今はぜーったい、オレの方が怒ってると思うんだよねー」  自分の方が怒ってる、そう訴えるだろうコト。 「やぁっと長年の恋が実ると思ったら、りっくんに邪魔されるし、でもなんとか海里(かいり)の場所を聞きだしたら聞きだしたで、保護者付きだし。ねーねー、港ぉ、オレの苦労も労ってよぉ」  ぷくぅ。頬を膨らませて上目遣い。こともあろうに、港相手にも媚びた様な、甘ったるい声で柚陽は「オレの苦労をねぎらえ」なんて言い出した。  テメェ。当然のように怒りを露わにした港の叫び声を、バン!空気さえ震わせた音が遮る。自分がロビーのテーブルを叩いた音なのだと、陸斗は遅れて気が付いた。  心のどこかで自分が言う。冷静な自分なのか、ひねくれた自分なのか。陸斗自身でさえ分からない自分が、陸斗に告げる。「お前に怒る資格はあるのか」「海里に同じ様な事をしたくせに」と。  けれど熱に焼かれて、怒りに沸騰する、そう表するのがぴったりな状態の陸斗には、そんな声さえ聞こえない。ジンジンと熱を持つ、思いきり机を叩いた手の痛みさえ、もう、陸斗の世界の外側だった。

ともだちにシェアしよう!