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ただ、陸斗 の世界にいるのは、柚陽 だけ。
さっきの大きな音に驚いたのか、大きな目を更に大きく見開いて、「信じられない」と言わんばかりに陸斗を見つめる柚陽を、睨み付ける。その驚きが演技なのか、突然の大きな音だ、さすがに“素”なのかは分からない。分からないし、陸斗にとってはそんな事もどうでも良かった。
「苦労、っすか」
ぼそりと漏れた声は、ひどく低くて。一瞬だけ柚陽が身構えたのが、怒りで赤く染まり、歪んだ視界の中でも分かった。
ああ、でも怯えさせたいワケじゃねぇんすよ。それは、確かに好きだった過去があるからとか、そういうんじゃなくて。きっとアンタは一瞬本気で怯えたって、それだけで海里 の事、諦めたり、しねぇっしょ?
「まあ? 誰にも見付からない場所を探して、監禁するっていうのは、労力を使うっすよねぇ。しょーじき、ヤられる側の方が負担になるって言っても、ヤる側だってまるきり疲れないってワケじゃねぇし。なるほど、苦労。良く言ったもんすわ」
港 が「陸斗!?」と慌てた様に、上擦った声で叫ぶのが、辛うじて耳に入ってきた。でもそれだけだ。そこにどんな意思があるのか、どんな意味があるのか。そういうのは理解出来ずに、すぐに耳から零れていく。「聞き流す」なんてレベルじゃない。
まるで掌を返したような陸斗の態度に、柚陽でさえ一瞬困惑を見せている姿を視界が捕らえている。さすがに演技じゃなさそうっすね。でもまあ、そうこうしている間に「同感してもらえた!」とでも言いたいのか、顔がぱああっ、と輝いたけれど。
驚いていた柚陽の顔に、花が咲く。でも花って、毒があるのも、見た目からして不気味なのも、様々なんすよねぇ。
「でしょ、りっくん! でも分かってくれてるなら、なんでこんな意地悪したのかなぁ? それとも本当は、あの動画、ばらまいてほしいの?」
笑顔を浮かべながら、こてんと首を傾げる。もしかしたらこの動作は、本当にクセなのかもしれない。
ははっ。陸斗の口から漏れたのは、「動画をばらまいてほしいの?」その問い掛けへの、肯定でも否定でもないし、柚陽いわく「意地悪」をした理由でもない。
乾いて、どこか壊れてしまったような。
まるで誰かをバカにするような。
そんな笑い声が1つだった。
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