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 陸斗(りくと)よりも付き合いの長い(みなと)は、柚陽(ゆずひ)が何をするか薄々察しが付くのだろう。陸斗の提案に目を見開き、けれど苦しげに目を伏せた。  先ほどまでの騒ぎが嘘だったように、ロビーには静寂が満ちる。  少し離れたところで交わされている、患者と病院関係者、あるいは見舞客の会話が、まるではるか遠い世界、別次元のようにも感じられて。  永遠に続くんじゃないかと思った沈黙は、しかし、直ぐに破られた。 「えへへ! 約束だよー」  この沈黙にも、病院という場にも似つかわしくない、柚陽の明るく弾んだ声で。  柚陽はケータイを何やら操作して……多分、条件を一方的に呑んだと見せかけながらも、自分に有利になる保険を掛けて、陸斗たちに示す事なくポケットへ戻した。  「ロビーとはいえ病院」と言った張本人なのにも関わらず、足取り軽く、その場でくるっと回ってさえ見せながら。 「……おい、柚陽。ケータイは置いてけ」 「えー。ロック解除して、色々いじられたらいやだもん。持ってくよー」  ひらひら、とわざとらしく、わざわざポケットからケータイを取り出して港の前で左右に振ってみせる。  柚陽のことだ。“このテ”のセオリー通り、動画と画像のバックアップはあるに違いない。それならケータイを放置しても構わないだろうに、嫌がるという事は見られたくないナニカ……多分、いくつかのサイトにもう投稿してるんだろう、その形跡を掴まれたくない、ってトコっすか。  最初からケータイを取り上げる事に、さほど期待はしていなかったらしい。港が悔しげな顔をしていたのは一瞬で、じゃあ、と次案を口にした。 「病室に入ったら一切ケータイに触れるな」 「オレの気が済むまで海里(かいり)と一緒にいて良いなら、聞いてあげるけど?」  こてん。首を倒して可愛らしく言う柚陽の目は、嬉しそうに輝いている。  まさに好物を前にした小さな子供。  対して港の目は、絶望しきって、淀んでいた。それでも無理矢理に柚陽を睨みつけて、絞り出すように「分かった」とだけ漏らす。  柚陽の顔が一瞬、みにくく歪むのが、陸斗には見えた気がした。待って。もしオレがあの時みたく、海里に復讐しようと、この条件を持ち込んでたら?柚陽の執着心を考えればなおさら、柚陽がしそうなことなんて知れた。 「面会時間の範囲で、っすけど、ね」 「ちぇー、やっぱ海里にあんだけの事をしただけあって、りっくんはさっすがだねぇ。せめて消灯時間までで頑張るねー」  最後のソレが、果たして柚陽との約束になったのかは分からないけれど。  あとは、もう、パタパタと機嫌良く駆けていく柚陽の背中を、怒りと空虚に満ちた目で睨む他なかった。  壊すのは、あんなにも簡単だったのに。  守るのはどう足掻いても難しいのだと、陸斗は、もう、幸福がこぼれ落ちただろう自らの手を、力一杯に握り込んだ。

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