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虚ろに、壊れた。

 波流希(はるき)がここに入院する時点で、それなりに話を付けてはくれていたらしい。本来なら面会時間はとっくに終わっているというのに、ロビーで動かない陸斗(りくと)達に、声を掛ける病院関係者はいなかった。  針の動きが、ひどくゆっくりに感じられて。清潔感漂うはずの病棟が、おぞましいものにさえ見えてきて。オレにそんな資格はないっす。そんな思いとは裏腹に、体は震える。  恐怖で。怒りで。  そんな3人に、場所も、時間も、空気も一切考えない、明るい声は投げ掛けられる。今にも大声をあげて笑い出すんじゃないかと思うほど、高く弾んで、楽しそうな声。 「お待たせー! ゴチソーサマでしたぁ。まあまあ満足出来たよー」 「……柚陽(ゆずひ)はホントに相変わらずだよね」 「えへへー。今のオレは、先輩に何言われたって怖くないもん! ついにオレの想いは実ったんだから」  呆れた様子の波流も気にせず、柚陽は歌うように言いながら、ごそごそと自分のポケットを探る。  消毒液のにおいといった、病院特有のにおいを持った空気に、紛れない、異物が、微かに混じった。生臭い、欲のニオイ。  陸斗の顔は、そんな何があったかを指し示すニオイでか、ポケットを探る柚陽の動作でか、露骨にしかめられた。まさか柚陽、病室内でケータイを使ったんすか?確かに正確には約束ではなかった。むしろ約束……と言うよりは交換条件であっても、容赦なく破りそうな相手だ。あっけらかんと動画を見せてくるかもしれない。  けれど予想に反して柚陽が取り出したのは、綺麗に破り取られた、ノートの1ページ。  「じゃーん」なんて言いながら目の前に示されたそれを見た途端、陸斗を襲った感情は「絶望」だったと思う。

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