267 / 538

 だけど、柚陽(ゆずひ)がそんな事で動じないというのも、陸斗(りくと)は分かってた。  こてん。首を倒して左右をきょろきょろ。「それらしい人」は見当たらなかったというように、不思議そうにまた、こてん、と首を傾げ。倒した首の角度を戻しながら、「え? もしかして、オレ、なんて言わないよね?」なんて、心底不思議そうに聞いてくる。  そんな柚陽に、また声を荒げそうになる(みなと)をなんとか陸斗が抑え、波流希(はるき)はと言えば、心底呆れきった溜息を1つ。 「それ、本気で言ってるんだとしたら、少し柚陽のことが可哀想になってくるよ。そこまで理解力が低かったのかな、って。もし自分の言動が悪いんだって思えないにしても、……こんなもの見せたら、港が怒ることくらいは、付き合いの長い柚陽なら分かるでしょ?」  こんなもの、と言いながら多少強引に柚陽の手から「件のノート1ページ」を取り上げると、軽く振ってみせながら、港が怒って当然だと波流希は言葉を続ける。  柚陽はまだ、きょとーんとしたまま。演技だって、なんならイラついた時点で柚陽の思惑通りだって分かってるのに、無視できない自分が嫌になるっす。 「付き合いなんて長くないもん。長かったところで、イヤイヤだから、港の考えてることなんて、あんまり理解したくなーい!」 「オレだって、お前の本性に気付いてからずーっと、お前を理解したくなかったよ」 「本性ってなぁに? やだなー、オレはオレだよ? それに過去形? 港、オレに歩み寄ろうとしてくれてるのー? ……ごめんね! 港と先輩じゃ、あんまり嬉しくないやぁ」 「少しでもお前の思考を理解してれば、こんな事は防げたのに、って思ってな」  ぼそり。  心底から後悔していると、誰が聞いても分かる。ひどく弱々しい声音と、それに反して強く噛み締められる唇。  「アンタは悪くないっすよ」なんてその場凌ぎの言葉は、出てこなかったし、言えるはずもなかった。港本人にとってソレが真実だし、この非情な事態に人間はどっか、理由を求めたくなるんだ。自分が納得出来る原因を。  ……柚陽が示してきたノートの1ページには。  震えていて、いつもよりだいぶ形は崩れていたけれど。  それでも、はっきり「ソレ」と分かる海里(かいり)の文字が並んでいた。

ともだちにシェアしよう!