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 ひっ、なんて、柚陽(ゆずひ)の口から小さな、怯えきった声が漏れた。少し体を震わせながら「りっくん、こわいよ?」なんて言っているけれど、それが演技であることは、もう、陸斗(りくと)の目にも明らかだった。  あの時は確かに「守りたい」って思ってたし、あんな見え透いた自作自演にも、あっさり引っかかったっていうのに。「全部」とまでは言えなくても、事情を知って、柚陽という人間を知ってからは、どんなに凄い演技でも騙されてはくれない。いっそ騙された方が楽だろうに、柚陽の言動1つ1つを、もう陸斗は疑っていた。  思った反応を望めないと悟ったのか、陸斗たちの神経を逆なでして満足したのか。  柚陽は急に怯えるのを止めると、「あーあ!」なんて、わざとらしい溜息を1つ。もう音を立てなくなったケータイを手の中でもてあそびながら、「わっかんないなぁ」なんてボヤいた。 「証拠がないと信じないって思ったから証拠を持ってきたのに、不満なの? りっくん達、わがまますぎない?」 「身勝手なのはどっちだよ……」 「(みなと)。それより今は病室に戻ろう。海里(かいり)の方が心配だよ」  柚陽の言葉に低く言い放つ港に対し、波流希(はるき)はそれでも冷静さを取り戻していた。もしかしたら「怒り」なんてどうでも良くなるくらい、「焦って」いるだけなのかもしんないっすけど。  怒りに燃える頭の中、ほんの片隅で、陸斗はぼんやりと考える。とは言え、波流希の気持ちも港の気持ちも分かる。早く海里の姿を見たい。でも、海里に“こんなコト”をさせた柚陽は許せない。  怒る資格も、案じる資格もないオレですら“そう”なんだから、この2人のソレは、オレなんかの比じゃないだろう。  じゃ、ここはオレが引き受けるべきっすね。柚陽の企みにハマった愚か者、本当に大切なものを自分の手で粉々にしたバカ。どのみち海里に合わせる顔なんてないんすから、「怒り」を優先させるのはオレが適任でしょ。思って陸斗は、 「港も病室に行ってきなよ。柚陽はオレが……まあ、出来る範囲で何とかするっす」 「海里の病室に行くの? やめておいた方が良いと思うけどなぁ」  切り出した言葉を阻むように、柚陽のわざとらしい物言いが重なった。  とは言えこれに関しては柚陽でさえ予定外予想外だったみたいで、目を白黒させたあと、「オレ達案外気が合うのかな?」なんて弾んだ声で恐ろしい事を言ってきたけれど。

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