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 高笑いさえしながら、柚陽(ゆずひ)は声高に訴える。キモチワルイ。気持ち悪い。口から内臓さえ吐き出しそうで、でも、2人の方が辛いんだと陸斗(りくと)は耐える。  オレを忘れる分には構わないから、せめて2人のことは覚えていてほしいのに。忘れないで、忘れさせないでほしかったのに。人間の心って案外脆いんすかね。それとも、小柄で力なんてそんなに無さそうな柚陽が、心を壊すことには長けてるんすか?  思考の渦に囚われた陸斗の耳は、遠くに足音を拾った。たまらず駆けていくような音。そして遅れて聞こえた「無駄なのになぁ」なんて声で意識は半分浮上、「先輩!!」(みなと)が叫んで駆け出す声で、完全に引き上げられた。 「あれ? りっくんは追わないの?」 「オレが行っても海里(かいり)を怯えさせるだけっすからねぇ。ただ、海里に見えないようなトコで2人をなんとかしないと、くらいには思ってるんで、そろそろ向かうっすよ。ただ、アンタには言っておこうと思って」 「? なあに?」  こてん。柚陽が首を傾げるけれど、陸斗の意識はもう、そんな小さな動作には向けられていない。もし柚陽の言うコトが本当で、海里が港と波流希(はるき)の手さえ拒んだら。2人なら大丈夫かもしれないし、2人だからこそ不安だから、せめてもの償いに、まだ冷静さはあるんだろうオレが“なんとか”しないと。方法を考えている陸斗にとって、もはや、柚陽のソレが、クセなのか、他のなにかなのかは、どうでも良かった。  ただ、まあ、まだ柚陽には言いたい事があって。 「アンタと暮らしていた時は幸せだったし、あの時オレはアンタが助けてくれたって、この手に幸せを乗せてくれたって、本気で思ってたっすよ。オレは柚陽と幸せになりたくて、そんな身勝手で海里に乱暴した。だから、こんなオレが言えたコトじゃないっすけど……オレはアンタを、許せそうにないっすわ」

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