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「ね? だから言ったでしょ」
文字通り、「ぼうぜんと」「立ち尽くす」2人に、くすくす、面白そうに笑いながら掛けられた明るい声は、今更そっちを見なくたって誰の物か分かっている。
波流希 は、そんな、どこか勝ち誇ったようにも聞こえる声にも、何も反応しない。港 は、何拍分か聞こえていないようにボーッとした後、まるで突然電源が入ったかのように柚陽 を睨んだ。
睨んで、それだけだった。
何か言いたげに口は開かれていたけど、拳は一瞬強く握られたけど。何も言うこともなく、拳はすぐに解かれた。
港は、ちょっと感情的なとこがあるけど、大切なものがなんなのか、見失わない男っすからね。それは陸斗 にも分かることだった。港は感情的な方ではあるけれど、恨んでいる陸斗を目の前にしても、「海里 が悲しむから」と拳を解くところもあるのだ。
そんな男が、姿を見ただけでこうも怯える海里を前に、声なんて上げられるワケがない。
「ごめんね、海里。怖かったよねー」
そんな2人を楽しそうに見つめて、柚陽は我が物顔で病室へと入っていく。
海里の目が柚陽を捉えて、やわらかな光を宿した。
海里に話しかける時でさえ柚陽の声色は変わらずに、勝ち誇ったような態度とか、どこか嘲るような声音もそのままで、やさしく話し掛けてなんていない。いない、のに、海里は安心したように微笑んでいた。
「柚陽! オレ、誰も部屋に入れてないよ?」
ふにゃっと笑って、ほめてほめてと言わんばかりに虚ろな目を輝かせる姿は、あまりに痛々しい。2人の手を引いて注意を自分の方に引き寄せたのは、咄嗟のことだった。これ以上2人にこの海里を見せられないっす。
特に用事があったワケではないから、注意を自分の方に向けられたところで、気の利いた言葉は陸斗の喉を震わせなかったけど。それでも波流希も港も怪訝な顔1つせず、少しだけ寂しそうに、疲れたように、小さく笑った。
陸斗の視界の端で、海里は柚陽に笑ってる。ほめてほめてと、目を輝かせて。
柚陽は海里の方に手を伸ばす。頭を撫でるんだろう。でも、そんな小さな戯れでもオレは見たくないし、2人にも見せられないっすねぇ……。苦々しく思いながらぼんやり考える陸斗の目の前で。バシン、響いた音はきっと全員の耳に届いて。陸斗の目は、撫でるために伸ばされたんだと思った柚陽の手が、思い切り海里の頭を殴るのを見た。
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