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 海里(かいり)の、すっかり細くなってしまった体は、柚陽(ゆずひ)が殴ったことで簡単にバランスを崩して、乱れた掛布団の上に倒れ込んだ。多分柚陽から殴られるなんて、想像もしていなかったからだろう。  のろのろと顔を上げる海里の目には涙が堪って、「なんで?」って言わんばかりの困惑も浮かんでいた。でも、海里が「なんで?」そう訊ねる事はなくて。  ゆっくり体を起こす海里に焦れたのか、頭を殴った手が、そのまま柚陽の髪を鷲掴みにした。ぐい、無理矢理に引き上げれば、海里の目にはますます恐怖が浮かんでいて。「やだ。やだやだ、ゆずひぃ、痛いよぉ……」なんて、弱々しい声で訴えている。  でも柚陽はそんな海里に構わず、むしろ面白がっているように、少し海里の頭を上げる位置を高くした。  髪を鷲掴みにした手を軽くひねって、ねじり上げる。  さすがに「声を出したら怖がらせてしまう」なんて、言ってられない。  「いい加減にしなよ、柚陽」言いつつ、陸斗(りくと)が強引に割って入ろうとするより先に、柚陽は、にっこり、やさしく明るい笑顔を浮かべた。でも、幼さを感じさせる大きな目は、少しも笑ってない。 「ねぇ、海里。床、見てみなよ。すっごく汚れてるでしょ? なんでこんな風に汚したりしたの?」 「人、怖くて……入ってきそう、だったから……」 「だからってお部屋を汚して良いのかなぁ?」  ぎりぎりと、柚陽はねじる力を強くした。海里の髪がキシキシと軋む。海里の顔が歪んだけれど柚陽はそれで手を緩める事はしないし、「なぁに? その顔」不満そうに言って片手で今度は海里の頬を、思いきり張った。  海里は恐怖で声が出ないのか、代わりに首を振ろうとするけど、がっちり固定されてしまっていては、首も触れない。 「よく、ない……」 「分かってるじゃん! じゃあ海里、床を綺麗にしようね? 赤いのも、白いのも、きちんと綺麗に舐められるでしょ?」 「いい加減にしろ」  却って海里を怯えさせてしまうかもしれない。そう思って声を出さずにいたけれど、目の前の光景は静止せずにいられなかった。

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