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 こてん。小さく海里(かいり)の首が傾げられた。柚陽(ゆずひ)のクセ。柚陽ほどおおげさな角度じゃないし、僅かに首を傾げるって動作は今までにも見た事があったはずなのに、なぜか陸斗(りくと)は息苦しさを感じた。  それでも、顔をしかめる事はしないで。微笑むまではできないけれど、それでも「やさしい眼差し」程度は意識して、海里の答えを待った。  そうして待った結果口にされた海里の答えは、あまりにも単純で、 「オレの幸せは、ゆずひといること、だよ。ゆずひといるのが、オレの幸せなんだって」  さっきの言葉が繰り返されただけ、だった。  ぐらりと、理解が、脳が揺れて、回転さえしているのを感じながらも、陸斗は柚陽を睨み付ける。今まで海里と「幸せってなんだろう」って改まって話した事なんてなかった。でも、海里の幸せは、少なくとも、“そんなもの”じゃなかったはずだ。  なら、「病室で2人きりにさせて」というあの時間で、柚陽が海里に“こうなるだけ”のナニカをしたって事。資格もないのに沸き起こる怒りは消えなくて、せめて柚陽を睨むくらい、せずにはいられなかった。それしか出来ないというのが、情けない。  柚陽はと言えば、少し不満そうに頬を膨らませてこっちを見ていたものの、陸斗の目線に気が付くなり、わざとらしく自分の腕を抱えて擦る。「りっくん、ちょっと怖いよぉ」なんて、怖がってるのだとしたら、あまりに弾んで、楽しそうな声音で。  えへへ。怖がる演技をやめたのか、腕を擦るのもやめて、柚陽は満面の笑顔になる。陸斗が押しのけたことで僅かに開いていた距離を縮める。腕を伸ばせば、届くか届かないかくらいの距離。  そこまで近付いた時、海里の手がびくっと、震えたのが陸斗にも伝わった。……ああ、怖がってるじゃないっすか。こんなの、幸せだってオレは認めないっすよ。独りよがりでも、海里の幸せを定義する権利なんてオレにはないけど、それでも、これだけは認められないっす。 「ほらぁ、海里本人が幸せって言ってるんだから、もう良いでしょ? 横恋慕はダメだよ、りっくん」 「じゃあ、あと1つだけ。質問したいんで、邪魔しないでもらっても良いっすか?」  横恋慕はダメ、なんてどの口が言うんだ。でも今の陸斗には柚陽が自分達にしたことも何ら関係なくて。自分でも驚くくらい素っ気ない声音で柚陽に言い捨ててから、海里へと視線を戻す。  微笑めないけど、そんだけの余裕はないけど、それでも「穏やかな眼差し」は意識して。 「海里。じゃあ一般的な幸せって、なんだと思う? 海里以外の人は、柚陽と一緒にいないよね。そういう人の幸せって、なんだと思うっすか?」   壊れてしまった海里に、この状況で言うのは酷かもしれない。でも、オレがひどい人間で、ひどい事をしたっていうのは、今更っすわ。  だから陸斗は、海里にそう、問いかけた。

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