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「誰か」と「柚陽 」が同一人物だとしても、あの時の海里 と今の海里とじゃ大きく違う。あの時の海里は、不特定多数を恐れていて、今の海里は「柚陽」だけを恐れている。本人は幸せだって言ってるけど、それが本心だとは思わなくて。
何で。考えて、陸斗 は、ハッとした。
陸斗が自分の手で海里を壊そうとした時も、マンションで海里を見付けた時も、そして今も。海里は一貫して、陸斗に訊ねてる。「お前は今、幸せ?」「お前が幸せなら良いと思って」。
うぬぼれかもしれない。オレにこんな風に想ってもらう資格だってない。だけど陸斗は思い至ったソレについて考える。オレは何て言った? 海里が笑っていてくれたら幸せだって言った。海里が幸せなら、幸せだって。
もし海里が、今でも、無意識でも陸斗の幸せを願っていたんだとしたら。
それで、柚陽に執着してるんだとしたら。
正解なのかは分からない。仮に正解だったとしても、自分から言いだすなんて、とんだうぬぼれだ。でも、もしも柚陽から手を切らせる方法があるんだとしたら、コレだけかもしれない。
いくら考えても、こちらの考えなんて見通してるとばかりに上を行く。下に突き落とす。それが本当の柚陽であるのなら、熟考したって、直観に従ったって、大差ないだろう。これだけ追い詰められていれば尚更、下手に考えたって、どん詰まりになるだけだ。
「海里。アンタの幸せって、柚陽と一緒にいる事なんすよね?」
「え、あ、そう、だよ……。オレ、ゆずひと一緒が幸せだから、だから、すてないで? ゆずひぃ……」
混乱状態の海里に、こんな事を言いたくはない。でも、オレに出来ることって言ったら。オレに出来る償いって言ったら。
痛む胸を感じながら、陸斗は1度海里の手を撫でる。相変わらず冷たくて、記憶の中より骨ばっていて、あまり大きくはない、海里の手。もう2度と触れられないと思ってたっす。意図しないし、絶望的な状況でまた触れることが出来た事に、小さく苦笑を漏らした。本当皮肉っすね。心の中でだけ、そう呟いて。
名残惜しかったけれど、海里の手を放す。指先さえ完全に離れてしまう瞬間、少しだけ海里が寂しそうな顔に見えた、なんて言ったら、さすがに図々しいっすね。
本当はこんな事言いたくない。ああ、本当は。本当は、オレはアンタが笑ってないと幸せになんてなれなかったんだ。アンタが幸せじゃないと駄目だったんだ。
だから、海里。大好きで大切にしたいって思った、思っていた、海里に。
陸斗は口角を持ち上げる。ねえ、オレは上手く笑えてるっすか?
「さっき言ってたオレの幸せって、嘘なんすわ。アンタの不幸が、幸せじゃないアンタを見るのが、オレの幸せなんだよ」
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