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 がたがたと震える海里(かいり)陸斗(りくと)には掛ける言葉がない。“さっきまで”の陸斗なら、もしかしたら掛ける言葉があったかもしれないし、海里の恐怖をほんの少しでも和らげられたかもしれない。でも、今の陸斗には無理だろう。  仮に海里が全て忘れていて、陸斗のした事を忘れていたとしても。さっきした事を考えれば、却って海里を怯えさせてしまうだけだ。……今なら(みなと)波流希(はるき)のこと、怯えなくて済むんじゃないっすかね? 海里が本当に安心できる相手。海里が本当に、残しておくべきだった相手。  はあ。自分でも意図が分からない溜息を漏らしてから、陸斗は顔を後ろに向けた。複雑そうな顔をした2人が目に映る。  陸斗を責めるでもなく、ただただ、どこか寂しそうな顔で。どこか辛そうな顔で。大丈夫っすよ。オレはそんな風に気遣ってもらえる立場じゃないっす。でもごめんね、ここまで怯えさせちゃって。  なんて言ったら良いか分からなくて、陸斗は小さく苦笑。そっと目を逸らした。 「おい、陸斗」 「……なんすか? 港」  このままオレがいても海里を怯えさせるだけ。病室から出ようとした陸斗を止めるように、港の声が掛かった。足を止めて、一応は応じる。  でも、あまり話すつもりはないっすねぇ。病室に視線を戻すと、 「良いんすか? 海里のとこ、行かなくて。多分さっきよりは怯えないと思うっすよ」  港がなにか切り出す前に、そう聞いた。

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