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「……ごめんな、陸斗(りくと)」  陸斗がそう言ってもまだ何か言いたそうにしていた(みなと)は、少し言葉を探してから、それだけを呟いた。「ごめん」なんて。よりにもよって港が、陸斗に言うなんて。思わず笑えてきてしまう。  表情筋が“そんな動き方”をしてたから、本当に陸斗は笑っていたんだろう。思わず、声さえあげそうになるけど、それはどうにか堪えた。まだ怯えが残ってる海里(かいり)を、オレの笑い声で更に怯えさせてしまうワケには、いかないっすからねぇ。 「アンタたちがオレに謝る必要なんて、ないでしょ? むしろオレが一生を掛けてでも償わなきゃなんないんだし」  多分さっきまでの笑顔は、楽しそうなものでさえあったかもしれない。でも今度の笑顔が苦笑に変わったのは、自分でも分かった。  陸斗に謝りつつも、やっぱりどこかで陸斗を恨む気持ちは残ってるんだろう。陸斗の言葉に対して、港から返事はない。それはそうだ。だって、1度抱いてしまった憎しみって、簡単には消えないっすから。  なにも言わないまま、陸斗たちの方を見ている波流希(はるき)に視線を向ける。波流希の方も見るのは気まずいんすけど。 「ほら、アンタも。……マンションの時だってアンタたちの名前には反応したんすよ。最初に怖がられたショックは測れないし、海里を怖がらせたくない、って気持ちも分かるんだけど。やっぱ、はるにいと親友が傍にいてくれるっつーのは、精神的に違うと思うんすわ」 「オレだって陸斗くんの事は許せないと思うよ。事情は汲んでる。それでも海里を信じてくれなかった事は……オレも受け入れられない。でもね、助けてくれたのだって確かだよ。オレ達じゃ近付けもしなかったから」  波流希がどこか苦しそうな微笑みで呟いた。……これ、受け入れるのも償いの1つっすかねぇ。  なんとか陸斗は苦笑を貼り付けたままで波流希を見つめる。「あー、あー、えっと」下手な発声練習をしているみたいに、妙な声が漏れていた。自分でも分かるくらいに掠れてる。 「なら、今は傍にいてあげてほしいっす。少しは怯えるかもしんないっすけど、アンタ達に酷な事を言ってるかもしんないけど。でも、今の海里が傍にいて欲しいのはアンタ達だと思うんで」 「陸斗、だからそれは」  まだなにか言おうとしている港も無視して、半ば強引に港たちを病室へと押し込んだ。扉は海里を怯えさせないようにそっと閉じる。

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