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 久し振りに帰る家は、「帰る」と言うより、むしろ、「侵入する」といった感覚がした。  気配を消して、可能な限り自分の痕跡も残さずに、なんてことを意識しているからなおさら、泥棒かなにかになったような気分になる。  どこにでもある普通の鍵なのに、開けるのがひどく重い。どうにかこうにか鍵を回せば、陸斗(りくと)の労力を嘲笑うに、カチャッ、軽快な音を立てて鍵は開いた。  「ただいま」も「お邪魔します」も不適切に思えて、結局陸斗は無言で部屋にあがる。もっとも何か適当な言葉が見付かったところで、それを掛けるべき家主の1人はいないんだけど。  そう言えば空斗(そらと)は、どうなったんすかね。実父であるらしい柚陽(ゆずひ)はあの調子だし、母親の方もアテにならないだろう。まあ、(みなと)波流希(はるき)が面倒見てくれてるとは思うけど。  なんとなく、しんと静まった部屋を見回した。  まだ一緒に暮らしていた頃でも、1人で海里の帰宅を待った事は珍しくない。でもその時は、この部屋がこんなに広くて、物寂しいなんて感じなかったっていうのに。  この部屋から明かりや温度を奪ったのが自分であると、陸斗は改めて痛感した。じくじくと痛む胸に、苦笑を浮かべながらも、手を抑えた。  自分の部屋に行って、荷物を纏めておこう。今そんな本格的な運びだしは出来ないけど、纏めておけば楽になるし。  思いながら自分の部屋の扉を開けて、久しく入っていないのに、手が頭より先にスイッチの場所を探し当てて電気をつける。  明るく照らされた室内に、陸斗は言葉を失った。

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