303 / 538

 友人が去っていった方をぼんやり見つつ、陸斗(りくと)は1つ溜息を漏らした。もっと早くに“こう”なってれば良かったのに。今更後悔したって遅い。小さく苦笑を浮かべたところで、無邪気な声が聞こえてくる。  目線の先に誰がいるかなんて、分かってる。柚陽(ゆずひ)だ。海里(かいり)はあれから一切大学に来なくなったって言うのに、柚陽は相変わらず、いつものように大学に来ている。それで、友人達と面白おかしくお話してる、って感じで。  ……まあ、柚陽が悪いかって言えば、悪いには悪いんだけど。結局原因が誰にあるかって言えば、まあ、オレだし。  柚陽を捕まえて「なんでアンタは日常生活を送ってるんすか!!」って叫ぶことは出来ない。  だって柚陽を恨んで良いのは、海里本人。それから波流希(はるき)(みなと)なんだから。オレに恨む権利も資格も、あったもんじゃない。  とは言っても、腹が立たないって言ったら嘘だ。自然、顔がしかめられてしまう。  多分友人達は「別れた相手の声がして気まずい」程度に思ってくれるはずだ。なんせ、海里との件が有名だっただけに、柚陽との件もそれなりに話題に上がっていた。だから少しのしかめっ面くらい、許容範囲内のはず。 「りっくん、大変みたいだねぇ。でも、余計な事をした、ジゴージトクだよね?」  にぱっ。明るい笑顔を浮かべながら、明るい声で、だけど周りには聞こえないくらいに抑えた声で。通りすがりに柚陽は囁いた。  それを「控えめなしかめっ面」のまま聞き流す。自分の思惑が外れたのか、それさえも演技なのかは分からないけど、小さな舌打ちが聞こえてきた。それも無視だ。  柚陽も友人達に囲まれて去っていく。その気配が完全になくなってから、陸斗は部屋探しを再開すべく手元のケータイを操作した。  条件はそこまで多くない。まあ、大学に通いやすいと良いかなぁなんていうのはあるけど、重要なのはそこじゃなくて。  うっかり海里が陸斗の姿を見てしまわないように。  一緒に暮らしていたマンションはもちろん、波流希の家からも離れていること。それが1番の優先事項だ。

ともだちにシェアしよう!