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 開口1番って感じで言われるには、ずいぶんと失礼なセリフだと思う。間違いなく、以前の陸斗(りくと)なら相手を睨んで「失礼っすね」くらいは言っていた。それならまだマシな方で、嫌味を2倍にも3倍にもして返していたかもしれない。  とは言え今、そんなことをする気にはなれないし、相手が(みなと)ともなれば、なおさらだ。自分のバカさ加減なんて、もうとっくに理解しているし、「もっと罵倒しても良いのに」と思ってしまう。さすがにこれは、港たちに対してしか思わないっすけど。  港の言葉を受け入れて、肯定するように、陸斗は少し力のない苦笑を1つ。軽く肩を竦めてみせた。「うん、我ながら自分のバカさ加減には呆れるっすわ」冗談めかしているけれど、心からの本音として、そう添えて。  そんな陸斗に、港はますます呆れた様な顔を見せる。「バカ」と言われても、ヘラッとしてる事なのか。反論1つせず、自分はバカだと返した事に対してか。 「そういうのじゃねーよ」  陸斗に任せたら、いくら考えても、正解に辿り着かないと思ったのだろうか。港はまだ呆れ顔のまま、そう切り出した。 「なんでお前、家を出たんだ?」 「……いやいやいや!! こればっかりはアンタの方がバカでしょ」  一瞬、その、あんまりな内容に理解が追い付かなくて。理解するなり、ほとんど反射的に反論してた。だけどこればっかりは、港の方がバカだろう。陸斗があの家を出た理由なんて決まっているし、むしろ、あのままあの家に居座れるはずがない。  港の方も自分が少し、世間とはズレた発言をしたのは分かっていたようで、呆れ顔はいつのまにか苦笑に変わっていた。「ま、フツーは言わないよな」そう、もっともな、“世間的”な事を口にしてから、 「でもさ。一生懸命“普通”を知ろうと努力した海里(かいり)の近くにいる人間が、これ言うの、自分でもどうかと思ってるけどよ……オレは多分、フツーじゃないんだわ」  へらっとした苦笑を浮かべて、どこか照れくさそうに頬を掻く。 「オレは海里が笑ってくれれば良いからさ、海里が嫌がる事はしたくないし、アイツが“止めろ”って言えば止める。……アイツが笑ってくれるなら、世間からバカにされようと、“普通”から外れようと、問題ねーの。だからお前に聞きに来たんだよ、なんで家を出たんだ、って」 「……海里のためっすよ。違う、自分のため。オレがいたら海里を怖がらせる。それも本音っすけど、そうやって償える気になってるのかもしれないし、からっぽになったあの部屋から逃げただけかもしれない」  港の気持ちは、自分なりに少しでも伝わったつもりだったから。だから陸斗も自分の内心を吐き出した。泣きたいんだか苦笑しようとしてるのか。なんだか分からないような、情けない形に顔を歪ませつつも。どうにか、呟くように。

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